ふゆひでり

「何だか最近の伊代ちゃんはいつにもまして吉川さんにべったりですね〜」
「確かに…最初は昼休みだけだったのに、気付けば吉川さんと友達の輪の中にいるよね」
「ミッティは何か知ってます?」
「伊代さんのことなら夏目さんの方がよく話してると思うけど」
「そーなんですけど、最近は吉川さんの方ばかりで伊代ちゃんったらお話してくれないんですもん。吉川さんも何があったか教えてくれないし…」
「おう拗ねてんのか夏目」
「別に拗ねてるわけじゃないですよっ!ハルくんその羽毛をわたしにください」
「名古屋はまだ散髪前だ!」
「散髪って人間じゃないんだから…っていうかそもそも図書室に鶏はダメだよ!」
「そういえばササヤンくんは?」
「進路のことで職員室にいるみたいですー」
「えっ、ねえ、鶏いいの?怒られるよ?」
「今更だろ大島!」
「……そうだね…」




*



留学するにも面倒な手続きが必要で、書類を持ち帰っては空白を埋めて職員室へと持っていく。とても面倒だ。今手にしている書類の提出先が担任ではなく学年の進路相談担当教諭らしい。それって誰なの…。手にしたクリアファイルの中から、この前担任が書いてくれたメモを引っ張りだして確認する。ああ、水谷さんたちのクラスの担任だ。

職員室に着いて、お目当てのサエコ先生を見つけた。先客がいたみたいで、邪魔しちゃ悪いと思って一歩引いて待つことにした。先生と話をしているのは男子なんだけど、すっごい見覚えがある。っていうかササヤンくんだ。普通にササヤンくんだったよ。

「じゃー、センセよろしくね!」
「ついでに夏目さんに進路調査票を真面目書くように言っといて!!」
「あっははームリ!どうせ言うこと聞かないし!」
「水谷さんにも断られてるんだからお願いよー」

あっさりとふられた先生が面白くてつい噴き出して笑ってしまった。きょとん、とした顔でササヤンくんが振り返る。

「吉川さんじゃん!どーしたの」
「サエコ先生に用事があってさ」
「あらちょうどいい、来なかったら呼びに行こうと思ってたの」
「とうとう吉川さん何かやらかしたー?」
「吉川さんは真面目だからそんなことないわよっ」
「それセンセー知らないだけっすよ!この人すっげえ面倒くさがりだもん」
「最低限のことはちゃんとやってるもーん」
「あ、サエコ先生!夏目さんのことオレに頼むより吉川さんに頼んだ方がいーよ」
「あれそういえばあなたたち仲良かったのね?それなら吉川さんに頼もうかしら」
「夏目さんの件はお断りします」
「そんな水谷さんみたく断らないで!」
「…」
「先生って気付いたら地雷原にいるタイプだよね」
「なぜ?!」

いけないいけない。漫才をしている場合じゃないんだ。さっさと書類を提出しないと。クリアファイルに挟んだ数枚の紙の内の二枚を取り出して、サエコ先生に渡した。

「あー、はいはいこれね」
「うちで書けるところは書いてきたので不備があればお願いします」
「初めて見たから今はわかんないわ。後でじっくりチェックするわね!」

この人に任せてしまって大丈夫なのか心配になってきた。きっと大丈夫だよね…初めて見たってどういう意味かわかんないけど、平気だよね…?

「先生、手遅れになる前に早急に確認お願いします。今すぐ」
「えー、吉川さんって本当に水谷さんみたいね。もう少し優しくしてくれたって…」
「…」
「ほらまた地雷」
「ええっ?!」
「これでミスがあって全てパーになったら先生どうにかしてくれますか?」
「吉川さんイイ笑顔だけどすっげー怖いよ」

全力で頷いたサエコ先生が何やらマニュアルのような資料を取り出して、わたしが持ってきた書類と猛スピードで見比べている。いや、別にそこまで高速じゃなくていいんです。ただ、サエコ先生なら後回しにして最悪忘れられそうだなって思っただけで。

「だっ、大丈夫…!後はわたしと学年主任と校長の印を押すだけだから!今すぐ押すから!」
「忘れられなければいいのでそんな必死にならないでくださいすみませんでした逆に心配です…!」

サエコ先生を何とか落ち着かせて、ササヤンくんと顔を見合わせて苦々しく笑った。水谷さんレーダーが過敏なのは少し困るな、久しぶりにそんなことを思った。職員室を出て、教室棟の方へササヤンくんと歩いていく。すると、隣りからじいっと視線を感じて目を向けるとササヤンくんがこちらをずっと見ていた。

「どうかした?」
「吉川さんさ、オレらに言うことあったりしない?」
「……それは、どのようなことでしょうか……」
「さっき見ちゃったんだよね。サエコ先生が持ってた資料みたいなやつの表紙に『留学申請手続き』って書いてあったのを」
「……いや、あのね?これはわざと言わなかったわけじゃなくて」
「っぷふ!」
「なんで笑うの!」
「だって吉川さんが露骨に困ってるとこオレはじめて見たからさあ!はは、夏目さんの言う通りだ」
「夏目さん?」
「そ。吉川さんは意外と人間くさいってね」
「わたしが人間くさいというのなら夏目さんはどうなるのよ」
「はは!まー、それは置いといて。別に隠そうとしてるわけじゃないんでしょ。その様子だとどう言うか悩んでそのまま〜って感じっぽいし」
「その通りです…この勢いで全部言っちゃおうかな、じゃないといつまでも言えなさそうだし。これをきっかけに少しずつみんなに…」
「ストーップ!オレに全部説明するなら皆といるときに一気にやっちゃおうよ」
「え、」
「オレだけ先に知っちゃうとうるさいのがいるからさ、まとめて教えてよ!今日の放課後はみんな図書室いるから!」
「ふふ、そうだね、拗ねられると困っちゃうもんね」
「そうそうーまっすぐなのはいいんだけど、悪い方に考えるのも得意だからさ」
「確かに」
「オレはもう決めたから。行けるとこはぐいぐい行くってね」

吉川さんは?全部見透かしたような顔で問いかけてくるのが憎いですねササヤンくん。そうだなあ、とりあえずは君たちにちゃんと伝えてから次に進むことにするよ。その後のことは、まだ勇気がでないや。


「急がなくてもへーきだって!少なくともオレはそう思うよ。だから、落ち着いてがんばってよ吉川さん」

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