わかば

授業が終わって、友人に別れを告げて、いつもの道とは別な道を通る。今日はまっすぐ帰らない。


「あ、ここは関係者以外立ち入り禁止よ」


山口病院。とても大きい病院である。その病院の正面入り口からは避けて、裏口の職員入口から入る。制服を着た高校生が入ってきたから驚いたらしく、ひとりの看護師が小走りでやって来た。


「特別病棟の吉川の孫なのですが…」
「吉川さんのお孫さん…?!ごめんなさい、入っていいですよ。病室はわかりますか?」
「はい、ご迷惑おかけしてます」
「いえいえ…」

看護師は慌てながらその場を後にした。これはおそらくナースセンターでの世間話に使われるだろうなあ。きっと、吉川グループを敵に回してしまっただなんて盛りに盛られていそう。現に、行き違う看護師さんたちはちらちらと目線をこちらに寄越している。べつにわたしは普通の高校生なんだけどな。そう伝えたところできっと変わらないだろうけど。

わたしのお家はとある製薬会社を営んでいる。曾おじいちゃんの代から長く続いている会社だったり。そんな家系に長男として生まれたわたしの父は今では製薬会社の社長なんだけど、今は亡きおじいちゃんが医療器具だとかそういう類のものにまで手を出した結果、子会社を設立してグループで統合することになった。そんなグループの会長を務めているのがわたしのおばあちゃん。今日はそのおばあちゃんのお見舞いなのです。



「おばあちゃん、調子はどう?」

特別病棟の扉をノックして、ひょっこり顔を覗かせてみる。ベッドに横になっているおばあちゃんは笑顔で出迎えてくれた。

「あら、紗希乃じゃない。もうピンピンよ〜!でも外がうるさいから少しズル休みしちゃうかもね」

おばあちゃんはパワフルな人で、その人が急に倒れたというからとても驚いたけど疲れが溜まっていたのが原因だったようで見た目も元気そうだった。


「よかったー!元気そうならこれあげれるね」

鞄の中から封筒を取り出すとおばあちゃんの目がキラリと光った。

「さすが私の孫!!」

かなり分厚い封筒は、今朝家を出るときにパパから渡された。「おばあちゃんの体調が良さそうだったら渡してくれ、中身は見るなよ」とのことで厳重にテープやらハンコやらで開けられないようにした封筒を手渡されたのである。


「パパが開けるなって言うから開けなかったけどね、これってお仕事の書類?おばあちゃん仕事しても大丈夫なの?」

「まあ、仕事と言っても身辺整理に関してだろうね。今回倒れたのが講演の最中だったからマスコミに目をつけられてしまったし、どうやらこのまま引退だの後継者争いだの面倒なことになってるからそれの火消しの仕事でしょう」


そう。いま世間は繰り返しうちの会社のニュースで賑わっている。おばあちゃんが倒れた講演がネットで生配信していたものだから一気に世間に知れ渡った。他にも報道することがあるはずなのに繰り返し報じられていて、病状は聞いたこともないような名前が上がっていたり、引退と書かれたり、後継者争いで胃を痛めてるとか書かれている。実際は後継者争いなんてないし、過労で倒れただけ。それだけ注目されているのは、うちの会社がそれなりに大きいグループだからなのかな。わたしは、あまり実感したことはないけど。

封筒から取り出した書類に早速目を通しているおばあちゃんのベッドに軽く腰かける。お見舞いの花束と果物の詰まったカゴが視界に入って、何かお見舞いを持ってくるべきだったなあ、とちょっぴり反省した。


「ごめんねえ、大変だっただろう」
「べつにー?」
「学校でとやかく言われてないかい」
「先生が大丈夫なのか心配してただけよ。友達はウチのこと知らないもの」
「そうかい…マスコミに付け回されたりしてないだろうね」
「うん。家出るときはパパとは別の車で出てるから今のところは平気だよ」


後継者争い云々の報道に変化した時から我が家の前に報道陣が現れた。おばあちゃんとは別な所に住んでいたから倒れた直後は何も無かったけど、日に日に数は増えてきた。だから、歩いて学校まで行っていたのをここ数日は車で送ってもらう羽目になった。学校付近じゃ目につくから、少し遠回りをした先で降りてから学校に向かっている。


「帰りも気を付けなさいね」
「うん。帰りはお兄ちゃんが迎えに来てくれるから大丈夫だよ。」

安心したようにほっこり笑う祖母はやっぱり歳にしては若いなあ、としみじみ思った。あんまり長居してもゆっくり休めないだろうから、ちょっとお話をして今日は帰ろう。近くにスタバがあったはず、そこで迎えを待とう。


「退院する前にまた来るね、ばいばい」


病室の扉をそおっと開けて、ひらひら手を振るおばあちゃんに声を掛けた。眠そう、やっぱり疲れているんだなあ。足を止めてしまいそうになったけれど、ゆっくり病室から出ていく。すると、「ああっ!」とこれまた聞き慣れた声がした。


「紗希乃お姉さま!」


伊代ちゃん、しーっ!近くを歩いていた看護師さんと一緒に伊代ちゃんに詰め寄った。行動が被ったのが面白かったのか、ごめんなさい、と謝りながらも伊代ちゃんはくすくす笑っていた。

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