ドラコ
真っ白イタチのお誘いいかが
「やあ、体調はどうだい」
「こんにちは。いたって健康よ、貴方の気遣いのおかげでね」
「それはよかった」

いつものようにドーセットへやって来た。今日は邪魔な三人組がいないことに内心ほっとする。今日は雨が降っているせいでいつものように庭でお茶をすることができない。リアはソファに腰かけて、また何かを縫っていた。僕がテーブルを挟んだその向かいのソファに腰かけると、傍に置いてあるクッションがもぞもぞと動いた。雨のせいで不機嫌そうなロティーがクッションの下から現れると、僕を一瞥し、クッションの上で丸くなった。

「ハーマイオニーが、気を遣わせてごめんなさい、ですって」
「僕はグレンジャーなんかに気を遣った覚えはないんだが」
「そう。それでも、あの子からすれば貴方が気を利かせて帰ったのだと思ったみたいよ」
「…まあ、あのまま居たとしたら彼らと決闘していたかもね」
「相変わらず仲が良くないのね貴方たち」
「僕に限った話じゃないだろう?」

僕の問いかけに対し、リアは困ったように肩をすくめた。スリザリンとグリフィンドールは寮自体が互いに嫌い合っていたし、中身の人間同士も争いあっていた。だから、あの三人と僕のそりがあわないのも特別な理由があったわけじゃない。強いてあげるなら、僕が差し出した手をとらなかったポッターが悪いのだ。

「そういえば、君はグリフィンドールの奴らに手を出したことはなかったな。いつも僕らが奴らと衝突しているところを遠巻きに眺めているだけじゃなかったか」
「そうね、そういう時はパンジーが貴方にひっついていくものだから危ない目に合わないよう遠くから見ることにしてたの」
「その割には助けにも入っていなさそうだったが」
「あら、パンジーを守る役目が貴方たちにあったのではなくて?それとも、わたしやダフネが表立って間に立てば良かったのかしら。…そんなことをしたら、マルフォイは腰抜けだ!ってポッターたちが騒ぎ立てたでしょうに」

くすくすと笑われ、それもそうかと納得せざるを得ない。確かに、女子の一人さえ守れないのであれば腰抜けと言われても仕方あるまい。そうならなくてよかった。未だくすくす笑い続けるリアを見て、僕はどこか安心していた。健康だと本人は言うが、昨日の今日だ。やはり心配してしまう。

「わたしの顔に何かついてる?」
「いいや?」
「昨日も、ウィーズリーとポッターに物珍しげな顔で眺められたの。わたしが笑うのがそんなにおかしいかしら」
「奴らのスリザリンのイメージが凝り固まっているだけじゃないか。そもそも、僕は珍しそうに眺めてるつもりなんてないぞ」
「そう?なんだか不思議な表情をしていたものだから、昨日の彼らを思い出しちゃったわ。ハーマイオニーには悪いけれど、やっぱり彼らとは合わないみたいね」

頬に手を当てながらリアはそう言った。とても残念がっているようにも悪びれているようにも見えなくて、思わず笑ってしまった。つられたように彼女も笑い出して、二人で笑いあう。もはや、何に対して笑っているのかわからなかった。

「元気そうでなによりだ」
「あら、やっぱり心配してたのね」

ふふ、と微笑むとリアは中断していた手を再び動かし始めた。

「昨日のあの青白い顔を見たら心配もするさ」
「そんなに?」
「ワンピースが白いせいもあるかな。元から白いのに更に白く見えたよ」
「こっちにはあまり服を持ってきていなかったの。だからあれを来たんだけれど、そうねえ…もっと明るいのを着ていたら誤魔化せたかしら?」
「奴らは騙せていたみたいだし、誤魔化せてなかったわけじゃなさそうだな」
「それじゃあ、あなたの診察は素晴らしいってことね、優秀な癒者さん」

茶化すように言いながら、赤と橙の布を継ぎ合わせているリアを見て、とあることを思いついた。

「…明日、どこか買い物にでも行かないか」
「買い物?」
「ああ。いくらここがのどかでいい所だと言っても何か入り用の物とかがあるだろう?」
「必要なものはパットが買ってきてくれるわよ」
「まあ、そうなんだけど。彼女じゃ心配なものだってあると思うんだ」
「心配…?」
「そう。あの花柄カバーを見て、君はどう思う?」
「作った人物のセンスを疑うわね」
「そういう話じゃない。あえてあれを選んでるってことについてさ」
「まあ、確かに。昔からあの子の好むものはちょーっと個性的ね」
「だろう?だから、僕が選んであげようと思ってね」
「……何を?」
「リアの服さ」
「わたしの、服?そんな…着ていくところもないのに買ってどうするの」
「着ていくところがないわけでもない。君次第だけどな」
「はあ?」

会話をしながらも動かし続けていた杖をピタリと止め、リアは驚いたように口を開く。

「僕の母上がリアと会いたいんだそうだ。それでディナーでも、と」
「は……ちょっと待って?貴方のお母様がわたしに?」
「ああ。もっと言えば父上もいるが」
「……」

口をあんぐり開けたかと思えば、慌てて閉じる。視線を彷徨わせてから、すこし睨むように、リアはこちらを見た。

「ねえ、わたしは誘われたらふらふらついていくような人間じゃないんだけど」
「わかってるさ。僕が答えを聞く前にイエスと答えるような何も考えてないやつだとは思わないよ」
「貴方が誰で、どこの家の息子かわかっていたらそんな馬鹿な真似できないわ」
「君はわかってるじゃないか。僕が誰で、どこの家の息子かってね。もちろん、わかった上でこうして毎日のように会っていたわけだ。そうだろう、リア」

昨日、彼女がしてみせたようににやりとしてみる。すると、リアは顔を真っ赤にして目を逸らして呟いた。

「…むかしは可愛い可愛い白イタチちゃんだったのに。いつのまにか狡賢くなっちゃって」
「それはやめろ。あと、狡賢いなんて今に始まった事じゃないだろ」
「前は詰めが甘かったもの」
「…君は昔からしたたかだったね」
「覚えていてくれてるなんて光栄だわ」

それで、僕のデートのお誘いのお返事は?そう問いかけると、彼女は目をぱちくりさせてから少し笑った。

「明後日でしたらお受けいたしますわ、ミスター・マルフォイ?」
「明日はダメなのかい」
「明日はパンジーとダフネが遊びに来るのよ」
「僕よりも友人をとるわけだ」
「先に決まっている予定を優先しただけよ。それとも何かしら、明日じゃなかったら貴方は誘ってくれないの?」
「まさか!」

両手をあげて降参する素振りを見せると、リアはさっきよりもおかしそうに声をあげて笑う。最近の彼女はこうしてよく笑うようになった。再会してすぐも笑ってはいたけれど、やはりどこか影が見え隠れしていたものだ。今でも、やっぱり時々暗い顔はするが、前ほどじゃない。病気ではないのはわかっている。けれども、全くの健康でないことも知っている。

「それじゃあ改めて。明後日デートしよう、リア」
「ええ、楽しみにしているわ」
「ディナーのことは…そうだな、考えておいてくれないか」
「そうね、ちょっと考えさせて欲しいわ。あの、もしもだけれど、断ってしまったらお家の中での貴方の体面が悪くなる?」
「それは君が気にすることじゃない。嫌なら嫌と言ってくれていい」
「嫌ではないけれど…むしろ、貴方はわたしを連れて行っていいと思うの?」
「思わなかったら、どんなに気が重くても父上に断りを入れていたと思うね」

どうでもいい人を両親との個人的なディナーに誘いたいなんて思うやつなんているわけがない。いくら父上の命令だって、適当に理由をつけて断るだろう。困ったようにしていながらも、嫌ではないと言われたことに内心嬉しくなった。

「ええと、その、」
「大丈夫さ。僕が隣りにいるんだから」

とりあえず、明後日のお昼に迎えに来るよ。そう伝えると、リアははにかんで笑った。確かに一度、遠のいたはずの思い出がゆっくりと舞い戻ってきたような気がした。
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