ドラコ
花柄カバーとしもべ妖精
ふくろう便がマルフォイ邸に届いたのは翌日の夕方だった。脚に括りつけられていた手紙を外し、鳥籠の中へ入れる。数匹のワームを投げ入れてやると、ふくろうは嬉しそうに啄んでいた。手紙に記されていたのは、ロティーを保護したことへの礼と明日にでも引き取りに我が家へ訪れることであった。

「……妹?」

ミスター・マルフォイから始まり、仰々しく記されている文は男性を思わせる字体だった。それもそのはず、この手紙の送り主は僕がふくろう便を送った相手の兄だったのだから。手紙には『我が妹の飼猫が失礼したね』と申し訳なさそうな文がつらつらと綴られていた。

「僕はコストスの"娘"に届けろと言ったはずなんだけどな」

最後のワームを啄んでいるふくろうの背を籠の隙間から突いてみる。ホー、と鳴くだけで目の前のごちそうから目も離しやしない。とりあえず、コストスの使いが明日来るのだとしたら母上にも伝えなければ。ついでに使いに誰が来るのかは知らないが、お茶くらい出してやらねばならないだろう。しもべ妖精に来客用の茶菓子を用意させておこう。






翌日、仕事で忙しい父上や体調が思わしくない母上に代わって庭小人の駆除をしていたところ、裏庭の方からバシッと音がした。その音は聞きなれたもので、誰かが姿現しをした音だった。音のする方へ向かうと、大きな籠が一人で歩いていた。いや、正確に言うならば一匹の屋敷しもべ妖精が自分よりも大きな籠を持ってヨタヨタと歩いているのだった。

「コストスの使いか?」
「ああっ、ミスター・マルフォイ!ミスター・マルフォイでございますね!」

大きな目をさらに見開いてその屋敷しもべ妖精は恭しくお辞儀した。もちろん、お辞儀することで籠が前に倒れ籠の中身が半分ほど転がり出た。中身はマフィンのようで、それぞれ紙に包まれていたものだから食べるのに特に問題はないだろう。僕はそう思ったのだけれど、しもべ妖精からしてみればそうではないらしい。元々奇妙な色をした顔はさらに血色が悪くなっていて、ひたすら謝られた。ロティーを保護したことへのお礼の品だったらしい。まあ、そういうこともあるだろう。そう言っても謝るのをやめないので謝罪は適当に聞き流してさっさとロティーの元へ連れて行くことにした。

「パットとお呼び下さい、ミスター・マルフォイ」
「ああ、よろしくパット。……それで、君の、その枕カバーはなかなか目立つね」
「お嬢様からの贈り物でございます。パットのお気に入りなのでございます!」

屋敷しもべ妖精に衣服を与えることは解雇になるため、代わりに彼らが身に着けるのは枕カバーやキッチンタオルで、中にはティーコゼーを頭にかぶっている者もいるらしい。マルフォイ邸や僕の今暮らしている家にも屋敷しもべ妖精はいるがどれも質素な色の枕カバーを身に着けている。ところが、コストスのしもべ妖精は、パッチワークのようなツギハギでそれぞれの柄がどれも花柄である。しかも色や柄の大きさがどれも違っていて見た感じとてもがちゃがちゃしている。もっとマシなものはなかったのだろうか。

「そういえばパット、僕はリアの方にふくろう便を送ったつもりだったのだけど、なぜ返信が彼女の兄上からだったのか知っているか」
「お嬢様は本邸にはいらっしゃらないのでございます。」
「本邸に?じゃあ、今はどこにいるんだ」
「ドーセットとウィルトシャーの境目でございます。そこで静養なさっておいでなのです。」

ドーセットだって?すぐそこじゃないか。それならロティーがこの辺りをうろついていても不思議じゃない。

「夏だから体調でも崩したのかい。僕の母上も夏ばてで最近は体調が思わしくなくてね。急に暑さが増してご婦人方の体は対応しきれないようだな」
「お嬢様はお疲れなのです。たくさんたくさん考えることがありすぎてお疲れなのです。それなのに、あの毛玉は!」

イマイチ噛み合わない会話に溜息が出る。毛玉って…どこのしもべ妖精も同じことを考えているらしい。家の中に入ると、母上の膝の上で丸くなっていたロティーがパットに気付いたらしく、ひげをぴんと伸ばした。パットは我が家のしもべ妖精に籠を預けると母上にお辞儀をしてから挨拶をした。母上がロティーを抱き上げてパットの元へ連れて行くと、先ほどまで大人しくされるがままだったロティーが暴れだした。母上の手から逃れたロティーは追いかけるパットからするりと逃げてリビングを走り回った。

「ロティー!ロティーはいけない子!お嬢様を置いていった!ロティーはひどい子!」

キイキイ叫びながら追いかけるパットを母上は心配そうに眺めている。あまり騒がれると母上のお体に障りそうで好ましくない。ロティーにはすぐにでもお縄についてもらうしかないだろう。

「ウィンガーディアムレヴィオーサ」

ロティーを宙に浮かせ、逃げないように抱きかかえた。

「すまないがロティー、あまり暴れられても困るんだ」

僕の腕でも暴れるかと思ったが、予想に反してとても静かにしていた。ただ、パットに渡そうとすると暴れようとするので、なかなか返すことができないでいた。

「…仕方がない、彼女の元まで僕がロティーを運ぼう」
「そんな!ミスター・マルフォイにそこまでやっていただいてはパットが怒られてしまいます!」
「ロンドンの方まで出かけるの、ドラコ」
「いえ。彼女は今ドーセットで静養しているらしいのでそちらへ直接行こうかと」
「そうだったの。それならロティーがウィルトシャーにいてもおかしくありませんね。パットに案内してもらいなさい。それと、美味しそうなマフィンをたくさん頂いたのだから何かお返しをしたいわね」
「茶菓子を焼くように言いつけておいたのでそれを包ませましょうか」
「そうね。籠は、パットが持ってきたものを使わせていただきましょう。いいですね、パット。」
「パットは、パットはロティーを連れて帰るように言われたのでございます!パットが連れて帰らなければならないのでございます!」
「そうだ。だから、パットは"僕と"ロティーを連れて帰ればいい。命令違反ではないだろう」

どのみち、ドーセットにいるとわかったところで正確な位置はわからないのだしパットと共に行くことになる。命令違反ではないとわかったからなのかパットはすぐに了承してくれた。マフィンの入った籠に茶菓子を詰め込んだしもべ妖精が籠と共に一枚のカードを差し出してきた。

「若さま、マフィンの他にカードが入っておりました」

カードには『親愛なるスリザリン寮監督生さま、ロティーを保護してくださって感謝致しております。少しばかりですがマフィンを焼いたのでパトリシアに持たせます。ご両親とお召し上がりください。それと、しもべ妖精たちへも分けてもらえたら嬉しいわ。スリザリン生の友人より。 ――追伸、こちらは夕方になると不思議な匂いでいっぱいになります。近くに牧場があるせいかしら。』

なるほど。彼女は最初から僕がロティーを連れてくるはめになることがわかっていたらしい。彼女の現在地の場所もわかったし、パットの姿現しに頼らなくてもいいだろう。しもべ妖精たちの姿現しは僕ら魔法使いのものと違ってどこか雑だ。昔、付き添いで姿現しをした時に気分が悪くなったことを今でも覚えている。そうならなくて済むのならぜひともそうしたい。

「パット、彼女の居場所に見当がついたから直接そちらで会おう。石碑があるところはわかるか」
「はい、ミスター・マルフォイ。石碑から西よりに別邸がございます!」
「西よりね、了解だ。」

茶菓子を入れた籠をパットに渡して、ロティーを抱え直す。これから飼い主に会えることがわかったのか、嬉しそうに甘えた声で鳴いた。

「送っていくのは今回だけだぞ」
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