憧憬/降谷零


綿密に計画を実行してね


銃声や、物を投げる音が耳を刺激する。埃っぽい倉庫内が喧噪で揺れているのを肌で感じながら、わたしはコンテナの後ろで深呼吸した。相手に傍受されている無線は使い物にならないのはわかっている。無線のマイクを口元に寄せ、近くにいる部下数名に先へ進むよう手で合図する。

「こちら吉川!負傷者多数、一時撤退を目指します」
『撤退先は?!』
「3番倉庫で!」

傍受されているからこそ使わなければならない。混乱を極める状況をさらにかき乱すには、情報を駆使すればいい。倉庫の中央でやり合っていた部下たちが、3番倉庫を目指して離脱しようとするのを組織の構成員が追いかける。積まれたコンテナに身を隠しながら、部下を追いかける足たちに数発銃弾を送り込んだ。走っていた勢いを殺せずに地面に滑り転げていく男たち。中央にいた部下たちは皆離脱できたらしい。倉庫内に残るのは、わたしとコンテナに隠れる2人の部下。それから……

「……おや、まだ鼠がいるようだ」
「遅いぞバーボン!」
「むしろあなた方が圧されてしまうのが早いのでは?」
「そんなことより、逃げた犬どもを早く始末しないと、」
「その心配はいりませんよ。"3番倉庫に一時撤退をする"らしいとベルモットから連絡が来ましたからね」

「あなた方が心配すべきなのは残党をうまく処理できるか、この一点のみでしょう?」

不敵に笑う彼を見て、冷や汗が垂れてきた。実際は敵じゃないってわかってはいるけどさ、本当にこの人が敵じゃなくてよかったと切実に思う。コンテナから離れて彼の前に立つ。互いに銃口を向けて、しばし睨みあった。

「さようなら、バーボン。そして安室透さん」

銃弾が送り出される瞬間。蒼い双眸が眩しいものを見るように、確かに歪んでみえた。


*

「黒の組織を一掃する」

先日のFBIとの会合から始まり、組織壊滅に向けた計画が着々と進んでいた。ようやく実行に移せる段階に来たところで改めて降谷さんの口から出たその言葉に背中がぞくぞくと震えてくる。会議室に集まっている公安とFBI、そしてコナンくんに今回は阿笠博士も呼んでいる。

「改めて君たち公安の動きから確認してもいいだろうか」
「もちろん。今回は阿笠博士も招待しているので、もう一度確認しよう。吉川、頼む」
「はい。わたしからご説明させていただきます」

FBIの面々は日本で活動するには目立ちすぎるから最初の段階では計画に関与しない。最近になって組織の下っ端のさらに下っ端に数名公安から紛れ込ませることに成功したこともあり、彼らに下準備をしてもらってる。彼らにやってもらうことは簡単だった。来たる決戦の時に、場を乱す動きをしてもらうことだけ。

「今回の目標は組織幹部の一掃。それからボスを引きずり出します」

都内にある倉庫で組織を挙げての大きな取引が行われる。降谷さん扮するバーボン調べによると幹部たちが勢ぞろいするとのことだった。これを逃さないわけにはいかない。

「奴らは複数の倉庫に分かれて取引を行う。幹部の少ない、手薄なところから一気に我々公安が攻め入ります。まずは6番倉庫。キャンティ・コルン・キールが配置されています。ご存知の通りキールはこちら側ですので実質2名とそれの部下たちですね。公安側の担当は、」
「私が務めさせていただきます」
「はい。うちの風見と、そちらのジョディ・スターリング捜査官。アンドレ・キャメル捜査官を中心に公安部から数名配置します」

ここが案外難しいところだったりする。人手は割けるけれど、人を一人も漏らさずに捕獲することを考えると難しい。

「キールがこちら側だと途中で確信されてしまえば動きにくくなるため、キールはギリギリまで組織側として動き、組織の構成員をすべて沈黙させる必要があります。それを邪魔しないようにしつつ動くことを忘れないでいて頂きたい。そして、次は1番倉庫。向こうの配置はバーボンとベルモット。こちらはわたし吉川紗希乃と予め紛れている部下数名、その他公安部から数名配置します」
「人員に偏りがありすぎるんじゃない?私かキャメルのどちらかをそっちに回してもいいんじゃないの」
「その心配はありませんよ。ベルモットを他の倉庫に向かわせるように誘導すれば実際その倉庫内にいるのは下の構成員のみ。それに、彼らにはうまいこと動いてもらわなくちゃならないのでね、うちだけで組ませてもらう」
「誘導ってそんなうまく行くの、安室さん」
「うまくやるさ。そもそもの話、組織の計画上1番倉庫は使用しないんだ。実際は8番倉庫。それが"手違いで"1番倉庫になる。そして、」
「公安の無線を傍受したベルモットが我々の計画に気付くように仕向けるってわけです」
「ホォー。計画が漏れたと気づいていないフリをするというわけか?」
「ええ。倉庫の異変に気付いたバーボンがベルモットに公安の存在を匂わせ、無線を傍受できるよう仕向ける」
「その時点でベルモットに疑われたりしそうだけど大丈夫なのかな」
「バーボンと公安が繋がりがあるとベルモットは知ってるから平気だよ。というか、わたしと安室透が互いに情報提供者として利用し合ってるように持って行ったからバーボンが公安の一員だという認識はかなり薄いはず」
「は?!公安だとバレてないって言っていただろうお前!」
「あははー、後で説明させてください風見さん」

急に立ち上がった風見さんをどうどうと押さえつけてなんとか落ち着かせる。続きを、と促すようにジェイムズ・ブラックがコホンと咳ばらいをした。

「無線は傍受されている前提で使用します。基本的には逆。撤退と言えば進行。計画が崩れたと言えば計画通りに進んでいる。そんな感じで。規則的な合図は使用しません。読み取られても厄介ですので」
「ベルモットに傍受させ、公安が他の倉庫に集まろうとしていると思わせる。そこにベルモットを向かわせて、僕は本来8番倉庫にいるはずの部下たちと連絡をとり、1番倉庫にいることを今知ったかのようにみせてそっちへ向かう」
「それと同時にわたしと部下で1番倉庫を攻めます。そして、3番倉庫に撤退すると嘘の情報を無線で流し、撤退を装う」
「そして、──安室透は公安の吉川紗希乃に殺される」



*

「う、嘘だろ……?!」
「バーボンが、あの、バーボンがッ……!」

目の前で起きたことが信じられないらしい。そりゃそうだよね、いくら憎まれ口を叩こうとも自分よりも優れた洞察力と強さを持っている幹部がやられただなんて。降谷さんは組織で深い関係は築けなかったんだなあ、なんちゃって。撃たれて駆け寄ってくれるどころか、男たちは保身に走って逃げようとしてる。まあそれも織り込み済みなんだけど。わたしに足を撃たれた男4人。正確には、わざと外して撃たれたフリで転がっているのが2人と、本当に足を撃ちぬいた2人。……2人じゃ多いな。走って逃げていく男のうち一人の足元に銃弾を撃ち込めば、もともと撃たれた足がバランスを崩して地面に倒れこんだ。残る1人だけ必死に走って逃げていく。その後ろ姿を見送りつつ、倒れこんだ男を拘束するように撃たれたフリをしていた部下2人へ合図した。コンテナ裏に隠れたままだった部下2名が表に現れ、降谷さんを起こす手伝いをしている。

「いてて……。大丈夫か、吉川」
「それはこっちのセリフですよっ。胸は1発だけだって言ってたのに!なんで動くんですか!」
「肩と胸に1発ずつよりも胸に2発の方が死んだと思われやすいかな、と」
「1発でも人は死ぬときは死にます!全くもう……ヒヤッとしたじゃありませんか」
「血糊だってわかってるのに?」
「……ずるいこと聞かないでください」

部下の手前でぐだぐだとやりあっている場合じゃなかった。男を一人拘束して、倉庫内のコンテナを回収すべく部下たちをここから動かないように指示をだした。

「さて、行こうか。安室透じゃなく降谷零として奴らに勝ちに行くぞ」




綿密に計画を実行してね

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