憧憬/降谷零


心の中では取っ組み合いC


「あの女むかつく〜〜!」
「おぉ……降谷のやつ詰めるな〜」

下がれと言われて、仕方なしに隣りの部屋へ引っ込めば青い顔をした風見さんと先輩がいた。マジックミラー越しに見える降谷さんが背負った般若がだんだん大きくなっていくよう。今までの取り調べが淡々としていただけだったのかもしれないなぁ、なんて思えるくらいベルモットの言葉をガンガン拾って追い立ててる。怖……いやでもあの女むかつく……!

「トラップの情報は吉川のいない報告会でしか開示してないが?」
「あまりにも情報がないっていうのは逆に気になりません?」
「マジ?お前、自分で掘ったの?」
「きっかけは普通に必要だったからですよっ。山階貿易取締役の三女がバーボンに捨てられたからってウチから潜らせてた下のに手ぇ出し始めてたんで」
「その女こわ……」
「まあ、それで引っ張り出した情報を見て、そういやトラップ関連の話聞いたことないなって気づいたんですよ」
「それで自分から探した、と?」
「そーです。組織があの人にやらせない理由がないなって思いまして」
「その心は?」
「奴ら、情報技術云々抜きの見た目込みでバーボンを使ってた節あるでしょう?」
「まあ、表向き探偵だしフロントに出しやすいっちゃ出しやすいしな」
「そういうことです。降谷さん判断でトラップ仕掛けた案件以外はすべてパーティー参加でしたし」
「吉川、そこまで覚えてるのか……」
「氏名と見た目まで思い出しそうで胃のむかつきが収まりませんけど、どうしましょう!!」
「降谷さんはやりたくてやったわけじゃないからな?」
「わかってますよぉ〜〜!わかってるんです、わかってるわかってる!」
「絶対わかってないだろそれ」
「わからねばならんのです。知ってます。とりあえず、今日までは飲み込んでたんですから、これからも飲み込めるはず!何なら別に、過去の事だし!わざわざ掘り起こし、……」
「どうした?」
「さっき、」
「ん?」
「さっき、風見さん言いましたよね」
「何をだ?」
「わたしのいない報告会でしか開示してないって」
「……あ、」

*

何だか急に冷静になれた気がする。さっきまでワアワアとあの女がむかつくことを喚いていたわけだけれども。スンッと背筋が伸びたわたしにわかりやすいくらい風見さんがびくついた。いやいや、怒ってませんって。べつに、風見さんには怒ってません。降谷さんにも怒っているわけじゃないです。これはなんて言えばいいのかな、

「情けないなあ、と思ってはおります……」
「だろうな。そんな顔してる」

みょんみょんとわたしの両頬を引っぱっているのは難しい顔をした降谷さん。取調室にいたベルモットは早々に退室させられて、一緒にいたはずの風見さんと先輩はわたしと降谷さんを置いてさっさと退散してしまった。

「何が情けないって?」
「いや、うーん、えーっと……」
「ベルモットの件じゃないだろ?」
「ええと、よくお分かりで」
「あの女に関しての君はわりとずっと怒るだけだったからな」
「わりとさっきまで怒ってました」
「知ってる」

見ていたからな、と言いながら頬を摘んでいた手が離れていく。それから自身の顎に手を添えて、心当たりを探っている降谷さんから距離をとろうとすれば、簡単に手首を掴まれてしまった。それから覗き込むように首を傾げた。

「バーボン時代のことを気にしているのが情けない?」
「いや気にしてないんで……」
「気にしてない奴の言動には見えなかったけどな」
「……そりゃ、全く気にしてないわけじゃないですけど」
「うん。仕事で必要だっただけだし、記録されている事以上のことは何もないよ。気分を害させてしまったのは申し訳ない……あぁ、そういうことか」
「ぐえっ」

掴まれていた手首が引かれて、降谷さんの胸元に飛び込む形で抱き着いてしまった。しかも可愛くない潰れた声付きで。

「部下として不足だったから伝えなかったわけでもないし、女性だからと特別気にして排除していたわけでもないさ」
「……わたしが、そういう案件の処理に弱いからじゃないんですか」
「全く違うよ。強いて言うなら、そうだな……迫ってみたり、抱きしめてみたり、自分好みのドレスを着せてみたり」
「ん?」
「君が逃げて行かない程度に自制しながら押してる最中に、わざわざマイナスを稼ぐ必要はないなと思った」
「つまりは、」
「吉川に嫌われたくないっていうところが大部分を占めてた、かな」

そういうのは仕事に持ち込んじゃだめなんですよ、って思いながらも嬉しい気持ちがもちろんあるわけで。何ならわたしも割り切れてるつもりでも心のどこかでは引っかかっていることに違いはない。うわああと降谷さんの胸元をポカポカ叩いてみるけどびくともしないし何なら笑ってる。

「不安にさせて悪かった」
「こちらこそ前の事なのに引っ張り出して勝手に気にしてごめんなさい」
「これからはもうないよ」
「必要であればそれはやって頂いて。それに報告ってわたしが独立したらたぶん詳細聞けないやつなんでいいです」
「そこは絶対やらないでっていうところじゃないか?」




心の中では取っ組み合いC

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