憧憬/降谷零


骨は最後に埋めてほしい


コナンくんの行動を追跡していることはまだ本人にバレてない。わざとらしく笑いかけるのを忘れずに、しっかり口角をあげながら対面すればコナンくんはそれはもう面白くなさそうな顔を見せてくれた。煽るのって大変なんだけど、ノッてくれると楽だねぇほんと。打ち合わせ通りに公判前整理手続に同行していて、落ち着かない蘭ちゃんがウロウロ歩き続けるのを眺めながら時が過ぎるのを待つ。2291はこの後に風見さんと接触予定。私は合同捜査会議までにコナンくんが風見さんの盗聴をするのを邪魔するだけ。今のところは大人しくしているので特にやることはなかった。妃弁護士とコナンくんが座るベンチの隣りに立って、壁に背を預けているとポケットの中でスマホが震え始める。……電話じゃないな。メッセージが続けて3つ。スマホを取り出したところで、わたしを見つめるコナンくんと目が合った。めっちゃくちゃ疑われてるなあ。そう仕向けてるから当然なんだけど。

「……は、?」

届いたメッセージは出版社にいる部下からの情報提供だった。簡潔にまとめられた文と、追うように続いて届いたとある人物の名前。思わず漏れた小さな声に気づくのはやっぱり彼しかいなかった。

「どうしたの紗希乃お姉さん」
「……どうもしないよ」
「何かに驚いていたようだけど?」
「うーん、まあ、実はちょっと驚いてたかも?」
「へえ。それは一体何に?」
「それはね、」

廊下の角から誰かが歩いてくる足音がする。ほどなくして2291の名前を呼びながら駆け寄る蘭ちゃんの声が廊下に響いた。姿を現した彼女の前を歩く人……日下部検事は、こちらに興味のかけらも寄せずに一人で歩き去ろうとしていた。

「紗希乃さん……?」
「ん?あぁ、ごめん。なんだっけ……、あ!橘先生、日取り決まったんですよね!わたしにも教えて頂けます?」

日下部検事を目で追うのをやめて2291の元に寄れば、さっきまでわたしに興味を示していたコナンくんも日下部検事に気をとられているようだった。……ちょっとあからさますぎたかもしれない。彼が興味を抱くのが良いことか悪いことかまだ判断するのには難しい。さっきの部下からのメッセージに並んだ文字を思い浮かべると、ため息がこぼれそうになる。

『羽場の拘留中の面会者一覧割れました。両親と、2291。それから……』

――……日下部検事。
彼は複数回に渡って羽場への面会を要求し、実際に面会もできていた。日下部検事が面会を求めた経緯と理由は不明。彼らは血縁じゃない。年の離れた友人?だとしたら周辺情報として羽場の記録に残っているはずなのにここまで名前が残っていないのは気になる。消えた情報の中に入っていた?だとしたら少なくとも一度は目にしてるはずだし覚えてるでしょ。気に留めてなくて忘れるんだったら使えない奴すぎるけど……!そうじゃないと信じてるよ自分。それにしても……2291の監視の目的が日下部検事と羽場の関係に関連づいてるのだとしたら降谷さんも人が悪い。教えてくれてもいいのに、とも思うし、それくらい自分で見つけろってことなのかもしれないけど。

「すみません、ちょっと読んでてください。お手洗いに行ってきます!」

妃弁護士に資料を渡して走っていく2291はきっと風見さんと落ち合うはず。妃弁護士と蘭ちゃんに向かい合うようにして資料を覗き込む。視線だけ二人の向こう側にいるコナンくんに送ると、彼はハッと何かに気づいたような仕草をしてからメガネに手をかけた。……もしかして、盗聴器の親機がメガネに搭載されてる?何かに聴き入っているようなコナンくんが駆けていく。蘭ちゃんたちに声をかけてから歩いてそれを追いかけた。風見さんにつけられた盗聴器は発信機も兼ねてるようだから場所は確かにバレるけど、2291と接触しているのを見られたところでこの人の多さだものいくらでも誤魔化しはきく。
角を曲がって突き当りに広がる踊り場は、1階を見下ろすのにはもってこいだった。案の定、そこから下を見下ろしているコナンくんの後ろ姿が見える。うーん、それにしても、さっきのコナンくんの動作は盗聴なのか風見さんの位置情報を探ってたのかどっちなんだろ。メガネを触ってから何かに気づいたわけじゃなく、予備動作なしで何かに気づいてた気がする。ということは盗聴かな……あの盗聴器の有効範囲はどの程度なんだろう。遠隔で拾えるならそれに越したことはないけど、わざわざコスドコまで追って盗聴してたってことは単純に近くにいないと拾えないんじゃ?オートで音声を拾う設定の代わりに、距離が近くないと拾えないってところかも。

「そっちは危ないよ、コナンくん」
「紗希乃さん……」
「はい、なんでしょう」
「境子先生が何者なのか、紗希乃さんは知ってる?」
「うーん。コナンくんが知ってそうなことくらいしか知らないけど」

あ〜こりゃ風見さんと接触してるところでも盗聴したかな。それでも聞かれて困るようなことは今は言わないはずだから仕方ないってことにしておこ。わざと目の前でスマホを出して、降谷さんにメッセージを送る。2291と風見さんの接触時すこしだけ盗聴されたかもしれません、と簡潔に送った。立ったまま送ったからコナンくんに画面は見えてないけど、誰に連絡を取ったかは彼も想像ついたらしい。ギラリと睨みつけられて、尻込みするより前に笑ってしまった。あ〜怖い怖い。煽るの何だかんだ成功できてるのも怖くて笑っちゃうね。

*

本当に、確信に近いことは何も知らないよ。もしかしてって思うことはあるけれどただの推測でしかない。決定打が欲しいよね、君もわたしも。爆破の犯人を一刻でも早く突き止めたい。そんな時に1年前の事件が何やらきな臭く思えるし、目の前に関係者が揃っているのも気になってる。焦ってちゃ取れる駒も取り逃すけど、攻め込める時に行かなくてどうする?

「急に仕事が入っちゃって……とにかく仕事終わらせたらまたこちらのお手伝いをしに来ますから!」
「ありがとう紗希乃さん。でも、無理はしないで頂戴ね」
「ええ!妃先生も蘭ちゃんもご無理はなさらずに。もちろん、コナンくんもね」
「ありがとうございます、紗希乃さん」
「……はぁーい」

打ち合わせ通りにコナンくん一行と別行動をする。明らかに怪しんでいるコナンくんはもはやデフォルトに見えてきた。どうせ公安の仕事だろ、って目が言ってるのがバレバレだよ。もちろんその通りでーす。ただ、わたしにも盗聴器を仕掛けてこようとしないあたりり、一度ばれたことはちゃんと念頭に置いてるみたい。さて。これからは降谷さんのターンなので私は飲み物でも買って、車の中で観戦タイムと言ったところかな。となればやることは決まってる。部下からの情報にさらに注文付けて探るよう指示を出す。さっきの日下部検事の情報が頑張れば拾えるところにあったってことは、上が関わってると言ってもそこまで上じゃない。つまり、降谷さんがいじれるくらい。その降谷さんはこれからコナンくんをいじりに行く。ということはすぐに動けない。言い訳はちゃんと考えるとして、一気に攻め込むなら断然今。安全だと思うのは正味5分くらいかな。

『捜査会議の盗聴かな』

始まりました〜。ついでに部下にGOサインを送って、警察庁保有のとあるデータベースのログに入らせる。これは普段閲覧できるデータとは違ってリアルタイムで足がつく。庁内で簡単に入れる範囲のデータは閲覧履歴は残るけど、履歴を探りにいかないと分からない。一方こちらはデータの管理者に通知がいってしまうので、管理者登録されてるのが降谷さんだった場合は今このタイミングで降谷さんに通知が飛んでるはず。あの事件は降谷さんが主導で動いていたから普通ならば降谷さんが管理登録される。もし違った場合は、強制終了されるか泳がされるかどっちか。知られて都合が悪いかどうかでも対応は変わるかな。悪あがきでしかないけど、サイバー対策課に実際に存在する人間のアカウントを使って侵入するよう指示を出した。どうせ怒られるなら確実に情報を取れるよう保険はかけておきたい。降谷さんが通知を見て、誰が閲覧しているのか判別するであろう僅かな間ですら必要不可欠だ。

『それとも、蘭姉ちゃんのためかな?』

煽る煽る〜〜。わたし、煽るの成功してたって思ってたけどこの人に比べたらとんでもなかった。全然できてなかったよ。中途半端なことしてごめんコナンくん……。車内で運転席のシートに身を委ねながら、タブレットで降谷さんと風見さんのGPSを追っている。風見さんの位置情報が捜査会議から離脱して、コナンくんと降谷さんのいる公園へと現れた。部下からのメッセージに目を通しながら耳は降谷さんたちの方に注意を向ける。送られてくる内容は、例の不正アクセス事件の件のデータ。庁内で私が閲覧したファイルとほぼ同じ内容だった。怒られるの覚悟で探らせた意味なかったかもしれないな。削られていた部分がこっちには残っているかもしれないと思ったんだけど。届いたデータを複製しつつ鍵をつけた。ファイル数は……増えてる。何かが多い。最後の複製を終えたファイルを開けば、事件発生から羽場二三一の自殺による事件の終息に至るまでの経緯が面会日などを含めて時系列に並んで載っていた。……これは向こうのデータにはなかったな。羽場の死に関して何か特別な記載はないか、最初をとばして読む。特に変わらないか……いや、でも。これって……

"4月30日 羽場二三一の身柄は降谷零預かりとなる"

……降谷さん預かり?羽場が自殺した旨が記載されている箇所の前文に、見慣れぬ文が載っていた。庁内で見たものにはこの記述はなかったのに。何しろ、あの事件は元々降谷さんが持ってきたもので……

『これでよく公安が務まるな』

イヤホンから聞こえてきた言葉に思わず身が竦んだ。こっわい。怖くてやばい。部下から送られてくるメッセージを眺めていたのに、スマホを勢いよく落としてしまった。現在進行形で足の着く形で情報収集している我が身にも重たくのしかかってくるそれは中々の威力だった。待って、言い訳は考えるつもりでいたけど早い早い……!落としたスマホを拾いあげてすぐ目に入ったのは、部下からの簡潔なひとこと。

『しにました』

だよねぇ。ザザッとノイズが走ったイヤホンから、降谷さんの声がする。あー、もう。わたしもダメ。

『それで?部下を使って吉川は一体どういうつもりだ?』
「どうもこうも知りたいことがありまして……」
『ホォー?それで?知りたいことは知れたのか』
「そうですねぇ。ヒントは手に入れましたけど……」
『そのヒントを手に入れてどんな答えを手に入れた?』
「えぇーっと……!これ外したら左遷コースまっしぐらな気しかしないんですが」
『安心しろ。左遷するとしても今の件が終息してからだ』
「うぅ、そりゃ喧嘩売ったのこっちですけど少しくらい引き止めてくれてもいいのに〜!」
『それで?』
「言いますよ。言いますけど、外れてたとしてもこの件が終わるまで再チャレンジするつもりですのでお忘れなく!」
『それを許可するかどうかはまた別の話だけどな』
「こうなったら意地でもやります」

スマホの画面に残る、さっきの一文。降谷さんが気付いたってことはやっぱり管理しているのは降谷さんだった。別な人間装っても秒で気づくとかどういう頭の回転してるのこの人……。降谷さんが管理者ということは、あの事件の真相を知っているのは降谷さんから上の人間だけ。誰が関わったかを実名を記録してるデータが上にだけ残ってるってことはやっぱり……

「羽場ってやっぱりまだ生きてます?」




骨は最後に埋めてほしい

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