憧憬/降谷零


秘密の糸を手繰り寄せた


「なんでこんなことをするんだ!」
「……僕には、命に代えても守らなければならないものがあるからさ」

国際会議場を爆破した犯人として連行された小五郎のおっちゃん。任意同行を求めて来たのは公安警察。家宅捜査の時から事務所に出入りしていた一人の警察官の写真を撮って、ポアロにいた安室さんを問い詰めた。……今回の安室さんは敵かもしれない。そして、きっと既に自体は大きく動き始めてる。スマホである人の番号に電話をかけた。くそ、電源切ってやがる。機械的な音声だけが流れてくる中で、ひとつ思いついた。そうだ、オレは前にあの人の"表の居場所"を聞いたじゃないか。駆け足で階段を上り、おっちゃんと一緒に寝ている部屋へと向かった。引き出しの中に入れた、一枚の名刺。前にも一度だけ訪れたことのある場所の番号がそこに記されていた。

『……ハイ、もしもしー。こちら東都共栄出版です』
「篠原さんは?!篠原さんはどこにいる?!」
『威勢のいい子だね。もしかして、前にウチに来た子かな』
「そう!篠原さんに急用があるんだ、だから篠原さんに会いたくて、」
『残念だけど篠原さんなら今日は出勤してないよ』
「話をしたいんだ!」
『うーん。彼女、忙しいからよっぽどのことがないとこちらからはね……』
「そこをどうにかしてよ!頼むよ……!」
『ああ、そういえば。"彼"が誰を指す事なのかずっと考えていたんだけど、もしかすると君なのかな』

電話越しに感心したように話す男は「彼女からの伝言だよ」とやさしく言った。

『篠原は例の件を追っている、ってさ』


*

2291を追うにあたって気になることがある。ひとまずそれを解消しながら、コナンくんを煽り、2291の監視を行おう。予定では本日中に2291が投入される手筈になってる。ならば今すぐにできることは……

「吉川お前、今は例のテロの担当じゃなかったか」
「そうですよー。表側は風見さんが担当なのでわたしは別ルートなんです」

指で自分の耳に差し込んでいるワイヤレスイヤホンを指させば、話しかけてきた先輩は手をひらひらさせて頷いた。互いに担当外の仕事に関しては不干渉。それがこの場所のルールだった。自分のデスクについて、パソコンのキーボードに指を走らせた。必要なデータを集めて、ひと通り眺める。刑事課との合同捜査会議で提出されている証拠写真の一覧を眺めながら、イヤホンから聞こえてくる会話に耳をすませた。

『IOT圧力ポット?』
『圧力なべをポットの形にしたすぐれもの。スマホから圧力、温度、時間を設定するだけで調理ができる、だって』

ふーん。なるほど、圧力ポットか。爆弾じゃなかったと落胆した様子を隠しきれない悲痛な声がイヤホンから耳に届いた。確かに爆弾じゃないけれど、爆弾のように使えないこともないな。そして何よりあの会場にはそれができる設備が整ってた。またキーボードに指を走らせて、ウチで管理している過去の事件のデータファイルを呼び出した。閲覧認証キーを叩き、目的のファイルをいくつか開いて読み進めていく。……あれ。おかしいな。関連ファイルの総数が合わない。事件解決直後に提出された際にあったファイルの数よりもひとつ減っている気がする。これはわたしの思い違い?最後のファイルに書いてあったのは何だったっけ……。確か、事情聴取が打ち切られたことの詳細が記載してあったはず。今読んでいたところから、間をとばして最後のファイルを開いた。……打ち切りになった記載はある。ただ、こんなに内容が簡素だったろうか。このファイルのアクセス履歴を遡って見てみれば、「アクセス履歴はありません」と一文がでてきた。そんなわけがない。少なくとも1年前のわたしが一度は閲覧している。閲覧履歴のデータ削除の期間はもっと余裕があったはず。それにも拘わらずデータがないと言うことは……。

「一体どこからひっくり返さなきゃいけないんでしょうかねぇ、降谷さん」

ポケットに入れた仕事用のスマホが短く震えた。受信したメッセージを確認すると、そこには「投入開始」とだけ記されていた。そろそろ始まるか。だったらわたしも準備しなくちゃ。呼び出していたファイルを初めから最後まで通して読む。1年前の記憶を掘り起こしながら読むのは中々に骨が折れた。何がどうしてこうなったかは後で考えるとして……ひとまず出版社の方に顔を出そう。そして、明日に控えた接触の機会を伺う準備をしなくては。






秘密の糸を手繰り寄せた

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