憧憬/降谷零


その3


広いリビングの大きなソファにちんまりと座る。こんなことになった原因がわかんない。テレビを見ても、知ってる地名なのに知らない建物のCMが流れていて不安になる。うん、これは夢だわ。飲み過ぎて二日酔いが酷くって変な夢を見てるんだよ。そう思いたいのに思い切れない。

「へんな家……」

棚には少し物が飾ってあるけど、写真は一枚もない。寝室にもなくて、物がとても少ないと思う。わたしはどちらかというと部屋に写真を飾ったりする環境で育ってきたから未来でもやりそうなものだけど、置いてないってことは旦那の趣味じゃないってことかな。色んな部屋を散策したけど、納得のいくような光景は見つからない。うーん……年月を経てわたしの嗜好が変わったのかな。

粗方見終えてしまって、ソファへと戻る。することがないんだよなあ。ふと、寝室の奥の部屋のことを思い出したけど、入ったらまずいことだけは今のわたしでもわかる。ていうか書斎がそれぞれ一部屋ずつあることに正直すごいよね。いやまあ、部屋の大きさとかいろいろと驚いてはいるんだけど。一度気になったらもっと気になってきた。わたし、一体どんな仕事してるんだろう。仕事の詳細が判明しなくてもどういう系のものか書斎に本とか置いてあればわかるよね。ちょっと、ちょっとだけ覗いてみようかな……。誰かが来るとは聞いてるけど、まだ来てないし、ほんのちょっと覗くぐらいならうまくやれば隠せるよね。寝室に入って、2つ並ぶドアの前に立つ。そういえば、どっちがどっちなんだろ。作りがまるきり同じで目印もない。

「ちょっとだけ…、お邪魔します!」

左側の扉を開けた。部屋の中にはデスクと椅子とノートパソコンだけ。……わたしじゃなさそう。じゃあ右見てみよ。……んん?右の部屋を覗き見てから、また左の部屋を覗いて見る。

「どっちも同じってどういうことなの!?」

何なのだまし絵か何か?!物なさすぎじゃない?本棚すらなくって、必要最低限すぎる物しかないんですけど!右側の部屋に入って、デスクに近づいてみた。あ、椅子の座面にピンクのブランケットが畳んである。ってことはこの部屋が未来のわたしの?いやいや……おかしすぎるでしょ未来のわたしと旦那……。物が少ないとかのレベルじゃないよ、情報があまりにも少なすぎる。あ、情報。パソコンに全部入ってるのか。だとしても何にもない。どんな生活してるの未来の自分よ。本棚とかあればチラ見するだけでよかったのに、デスク上で閉じてあるノートパソコンが気になってしょうがない。流石に見ちゃダメかな…ていうかパスワードかかってるよねえ、たぶん。誕生日とか入れたら開けるかな。そんなことを思ってパソコンに手を伸ばした時だった。

「やめたほうが身のためよ」
「ひっ」

明るい茶髪の美人が部屋の入口で壁に背中を預けて立っていた。パソコンに伸ばしていた手を慌てて後ろ手に隠す。じっとりと睨みを利かせてきた女の子はわたしの知らない人だった。

「それ、触ったらどうなるかわからないわよ」
「……爆発するとかそういう?」
「爆発はしないだろうけど、1回でもパスワード間違えたら中身はクラッシュするでしょうね」

知り合いの寝室にいるなんて気まずいことこの上ないんだからさっさと出なさい。そう言う美人こと宮野志保さんに促されてわたしは大人しくリビングに戻ることにした。

*

リビングでやっぱり人二人分くらい空けてソファに腰掛けた。慣れたようにキッチンを使ってお茶を入れてくれた宮野さんからカップを受け取る。

「……大体事情はわかったけれど、信じきれないわね」
「やっぱり?わたしもそうなんですよ。記憶喪失とかそういうんじゃないかなって思うんですけど」
「姿が違うから記憶喪失ではないわね。それと敬語はやめて、今は歳も近いし、本来だったら貴女の方が年上よ」
「……そういえば、わたしとどういう知り合い?」
「初対面の時は貴女は仕事中だったわね」
「どこで会った?!」
「公園。ストーカーに近いことをしていたわね」
「えっ、なにそれわたしの仕事ストーキングすることなの?」
「当たらずも遠からずかしらね」
「未来のわたし相当やばくない?旦那もなんだか怪しいし!!」
「安心しなさい、ストーカーしてた相手は今の旦那だから」
「いやいやどこに安心できる要素ある?!」

わたしはどこで道を踏み間違えたんだこの人生……?!家もおかしいし、おかしくない話が出てこない。未来のわたしは一体どこで何をして生きてきたんだ?!紅茶の入ったカップに口をつけていた宮野さんが、クスリと笑った。クールビューティーがちょっと崩れて可愛らしい。話を聞く分だと旦那の知り合いというよりわたしの知り合いっぽいけど、歳の離れた友人、なのかな。

「ごめんなさい、ちょっとからかいすぎたわね。安心して、貴女はちゃんとした職についているしちゃんと成果も出して出世してるわ」
「上司かな……?」

交友関係も家の環境も旦那も謎な事ばかりで頭が非常にこんがらがってる。宮野さんが、今思いだしたと紙袋を渡してくれる。中身は可愛いワンピースが数着。

「貴女の旦那が何か服を貸してくれって言うから持ってきたの」
「……未来のわたしの着ればよくない?」
「今の貴女には大人っぽく見えすぎるんじゃないかしら」
「そうなの?」
「この服、貴女が結婚する時に私に譲ってくれたものなの。若い時に着てたって言ってたから趣味はあうと思うわ」
「確かに好きな系統ではあるけども」

いつまでもパジャマに近いもこもこ部屋着でいるわけにもいかないか。この高級感のある部屋にそぐわないし……。

「……未来のわたし達ってお金持ちなの?なんかおかしくない?」
「お金に関しては否定できないわね」
「一体どんな仕事で何をすればこんな部屋で暮らせるんだろ」
「……貴女、昔は本当に普通だったのね」
「何それ未来のわたしって金の亡者にでもなってるってこと?!もしかして部屋に物が少ないのって夫婦そろって貯金が趣味とかそういう?!」
「物が少ない理由はあると思うけど、貯金は趣味じゃないと思うわよ」




その3

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