憧憬/降谷零


その1


「そういえば明日って成人の日ですねえ。零さんは成人式行きました?」
「行っ…てない気がするな」
「曖昧ですね?」
「酒を飲んで友人たちと祝い合った覚えはあるけど、式には出なかったはず」
「中学の学区ごとの式だとなかなかに気まずいですよね〜」
「紗希乃はどんな振袖を来たんだ?」
「何だったっけ……式の当日はスーツだったんですよ。何のタイミングか忘れたけど着た気はするんです。でも、どんなのを着たのか覚えてないなあ」
「着物が嫌いだったのか?」
「いえいえ。うち、父が死別してるでしょう?振袖って買うのも借りるのも高額でして。母は出してくれるって言うけど、申し訳なくって」
「お義母さんは残念がったんじゃないか?紗希乃の気持ちも分かるから複雑だけど」
「そうですね。ただ、代わりに良いスーツ買ってもらったのでわたしとしては後悔はしてませんよ〜」

中学の友人とは卒業後疎遠になってしまったし、同窓会の気分で成人式に行きはしたものの飲み明かしたりとかもしなかった気がする。結局大学の友人と落ち合って、いつものように飲んで喋っていただけ。まあ、それが楽しかったんだけど。思いのほか零さんが重く受け止めてしまってる。こりゃ完全に提供する話題を間違えた。成人式では着てないけど、わたしはいつだったか振袖を着たことがある。おかしいくらいぼんやりとした記憶だけれど、確かにどこかで着た。一体いつ、どこで、どんな振袖を着たんだろ。結婚した今となっては縁のない代物となってしまったこともあって、あんまり興味はない。マナーも時代と共に変化していくから、今着たっておかしくはないのかもだけど。





昨日は友達と遅くまで飲んで喋って騒いでた。頭がちょっと痛むけど、そこまで無理に飲んだ覚えはないんだけどなあ。ベッドの枕元にいつも置いてるスマホを手繰り寄せて今の時間を見る。……つもりだったんだけど。何やら生温かいものに触れた。なんていうか、ふつうに人。人間が手に届くところにいる。……おかしいな?わたし、昨日はちゃんと家に帰ってきたよね?実家じゃなくってアパートの方に帰ってきて、お風呂入って寝たはずだよ。いつものもこもこパジャマを着たままの自分と、なぜか上半身裸の男の人が横に……って男ぉ?!なにそれわたしやらかしたの?お酒の勢いでってやつ?いやむしろここまできたら夢遊病かな?慌ててベッドから出てみると、まったく見覚えのない部屋だった。寝返りを打った男の人はめっちゃくちゃイケメンだった。

「ふわ……イケメン…そして何これ誘拐…?」

サラサラ金髪イケメンさんがぐっすり眠ってらっしゃる隙に状況を把握しなくちゃ。怖い。ふつうに怖い。もしこれがほんとに誘拐案件だったとしたら逃げなきゃ。そろりと足音をたてないように進み、ドアの閉まる音も極力出さないように頑張って寝室と思しき部屋から出た。うわ、廊下広いな。そういやさっきの部屋も広かった。イケメンで金持ちってすごい。けど、誘拐犯だとしたらなんもすごくない!

「枕元にスマホが無かったってことは寝てるとこをそのまま……」

なんてことだ。助け呼べないじゃん!とりあえずこのままの格好で良いから外に出よう。長い廊下を進んだ先にあったリビングはこれまた広くって驚いた。なにここいくら払えば住めるのこんなとこ。壁掛け時計で時間を確認すると、時計の針が6時半を指していた。たぶん、朝でしょ。それで……んん?

「……このカレンダーおかしい」

西暦が書かれているところの数字が見たことない羅列をしてる。というか、今よりだいぶ先の年が書かれてる。いやいや〜こないだ年明けたばっかりとはいえこれはないでしょ〜。ふと気づくと、近くにあるテーブル上にスマホが置いてあった。カレンダーが印刷ミスだったとしたらこっちにはちゃんと……

「……日付はあってるのに、年が違う」

パスワードがわからなくて開けないけど、ロック画面にはカレンダーと同じ年が並んでいた。それから慌ててテレビをつけた。日付はあってる。やっぱり西暦が違う。

「わたし、未来に来ちゃったの……?」
「は?未来?紗希乃、朝から何を寝ぼけて……」
「わああ!」

おっきなテレビの前で呆然と立ち尽くしていたせいで、すぐ後ろに現れたイケメン誘拐犯に気づかなかった。慌てて距離をとれば、真っ青な目が不思議そうにまるくなっていく。

「……なんだかお前、幼くなってないか?」




その1

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