馬鹿騒ぎ
65 震える紙屑
「要するに、表向きは一般人として暮らしているから仕事関係の時はあの地下通路を使って行き来してるってこと?」

「さっすがチェスくん話が早い。ちなみに、地方からの留学生でちょくちょく地元に帰ってるやる気のない大学生なのでよろしく」

「何その設定!」

「仕事で家を空けるのを怪しまれないための言い訳」

なかなかみんな信じてくれるもんよー?とさらりと言ってのけたリアは、部屋のカーテンを開け、玄関へと向かった。


「ふーん、近所に新しいマーケットができたんですって。チラシが入ってるわ」

「長い間空けてたわりに郵便物少ないね」

「仕事の手紙はさっきの古本屋に届くから。ここに届くのは、こういうチラシと、水道代とかガス代請求くらいかしら」

「それでもって部屋が汚い」

「お掃除手伝ってくれるんだもんね?」

「はいはい。でもさ、どう見たって仕事の書類ばかりだと思うんだけど見ちゃってもいいの?」


部屋中に積まれた紙の山や、ばらばら散らばっている書類たちを見てため息が出た。NYの家のソファの上の汚さなんて比じゃなかったらしい。どれだけ放置すればこんなに溜まるんだろうか。


「平気。もう情報屋に出回っている情報ばかりだと思うし。ただ、この中から次の依頼のファミリーの情報を探したいのよね」

「……それ本気?!」

「ほんきほんき」


楽しそうに笑うリアに頭が痛くなってきた。持ってきた荷物を端に置いて、片付けが始まった。片付けをしながらこの家の事やさっきのお婆さんの話を鼻歌混じりで教えてくれた。。あのお婆さんはラリサさんと言って、リアがシカゴを拠点に仕事を始めた頃に拾ってくれた人だと言う。80年来の仲らしい。

「ラリサさんは『出来損ないの不死者』ではないんだよね?」

「そうよ。ふつうの人間」

「それなのにあんなにふつうに接してくれるの?」

「まー、何十年と同じ姿を見てたら何も思わないんじゃない?それにわたしが現れる前に不死者の存在は知っていたようだし」

「ただの古本屋のお婆さんが不死者を知ってるなんて……」

「あそこはただの古本屋じゃないよ」

「は?」

「表向きは古本屋の、情報屋なの。紹介制だから限られた人しか知らないけどね。ルノラータと手を組むようになったのもラリサさんの紹介。ちなみに情報屋をしている実家を継いでいてあそこに住んでいるけれど、旦那さんの家系はここら一帯を占めてるアルティータ・ファミリーの血筋よ」

「じゃあ、あの、息子のおつかいって…」

「前の仕事依頼の残党処理ね。わたしが彼女から欲しい情報を貰い、報酬としてラリサさんの旦那のいるアルティータの仕事依頼を無償で受ける。その仕事の手伝いを構成員にしてもらうの、それが『おつかい』ってこと」


あの優しげなお婆さんの言葉は全部隠語だったらしい。これはしてやられた。少し考えたらわかりそうなものに全く気が付かなかった。マルティージョファミリーで子供としてふるまわなければならなくなってから、どうにもこの裏社会での読みについて甘くなってしまったように感じる。(前も、マフィアほど濃い仕事はしたことはないけどね)


「郵便屋が遊んでるってのは?」

「依頼をしたいファミリーの構成員がわたしの居場所を探してシカゴをうろついてるみたいなの。依頼の手紙を持ってくるから『郵便屋』ね。中には厄介なものも含まれていることもあるし、家を探そうといてくるから気をつけろってことよー」

次から次へと舞い込んでも消費できないし、逆恨みも面倒。そのために一般人を装って生活して見つからないようにしているみたいだ。色々な話によると、地下通路から地上に繋がっているのはここだけじゃないらしく、街の至る所にあるらしい。


「でもねえ、鍵を持ってないと入れないの。鍵をくれるのはラリサさんのところだからあの通路を使うのは同業者だったり得意先だったりする。お互い余計な情報交換だとか戦闘を避けることを条件に鍵を貰っているからあそこは無言ね」


「そんなの、マンホールを開けたら誰だって入れるでしょ。血塗れで酔っ払いと遭遇でもしたらどうするの」

「ここら一帯の地区の水路は流れが急だから危険区域と称していてね、業者もホームレスも立ち入りできないように地下の歩道に壁を作って塞いだんだ。それで、塞がれてる地区内の至る所に入り口がある。もちろん、アルティータ・ファミリーで管理してるの。この地域で長い歴史をもつマフィアだから警察ともそれなりに仲良くしているし、その辺りの支配力は素晴らしいわ」


廃病院の裏口。カジノの蓄音機の下。会員制ブティックの事務所そしてその他数か所・・・指折り数えて出てきた場所はどう考えても人目につくところでしかない。そんなところから出入りしてるなんてバレるだろうに。


「どこも門番代わりの人がいるから無理やり入ろうものなら殺されるわ」

パーンってね。指で拳銃の真似事をしてみせたリアはいつのまにか片付けを中断したままソファでくつろいでいた。


「口ばっかり動かしてないで手を動かしなよ!」

「ちぇっ、ばれたか」


口を尖らせながらも作業を再開したリアは、今度は「あ、」とまぬけな声をのこしてバタバタとクローゼットの方へ向かった。


「なんだよ、まさかクローゼットの中にも書類の山があるなんて言わないよね?」


たくさんの紙のせいで指もきりそうだし、僕だってきれそうだ。何だってこんなに片付けしてないんだよこいつは。そう思うけれど引き受けてしまったからには仕方ない。黙々と作業を続けた。ガサガサと鳴る紙の音はどう考えても僕の手元からしか聞こえなくて、またか…と思いリアの方を見ると、開いたクローゼットの方を向いて突っ立っていた。

「なに?ネズミとか何かいたの?」

ネズミを怖がるような奴じゃないことは承知の上だけど、少し不機嫌そうに言ってみてもリアは微動だにしない。なんだかおかしい。リアとクローゼットの間に割り込んで、リアの表情を窺おうとすると、ぐしゃり。リアは手にしていた紙をぐしゃぐしゃに握り潰してしまった。


「リア…?」

「ごめんごめん、ちょっと考え事してた。あら、もうこんな時間ね晩御飯の準備しようよ」

「ねえリア」

「掃除は後にしましょ」

「リアってば!」

「……なーに?」

「顔色、ひどいよ」



紙屑を握りしめたリアの顔は、見たことないくらい冷たくて。握った掌は震えてる。知らないよ、こんなリア。いつだって、へらりと笑っているのに。仕事のことなら、すぐに仕事だって言うのに。ねえ、何かあったの。その紙には何が書いてあるの。


「…そうね、すこし……疲れちゃったかなあ」





_65/83
[ +Bookmark ]
PREV LIST NEXT


[ NOVEL / TOP ]
- ナノ -