駅のホーム。わたしたちの乗る寝台列車はNY発シカゴ行き。始発ではあるものの、寝台のチェックや列車の整備のため、乗車待ちをしていた。
「よく切符とれたね」
「荷物を上に上げるのが面倒だったから二つ予約しておいたの。チェスは上で寝るといいよ。わたし、下いるから」
「僕の方が小さいんだから僕が下の寝台に寝るよ」
寝台列車では盗みの防止のために荷物はすべて寝台の上に置く。急な予約だと、二段になっている寝台の上段になることが多いから、上下まとめて予約しておいた。
「わたし寝ないからいいの」
「何言ってるんだよ、シカゴまでどれくらいかかると思ってるの」
「だって、人が行き交うこんなところじゃ目を瞑ったって眠れやしないわ」
寝なよ、寝れない、寝てよ!そんな不毛なやりとりをしていると、バタバタと慌ただしい足音が近づいてきた。
「リアさん!」
足音の主は、ラックさんだった。外套をまとい、片手にこじんまりとしたトランクを握りしめ、乱れた息を整えようと、必死に呼吸していた。
「だ、大丈夫ですか?お急ぎのようですが…」
「いえ、そちらこそ…まさか、シカゴに戻られるのですか」
「はい」
「……そう、ですか……」
鋭い狐目を細め、寂しげな表情で見つめられる。一体どうしたというの。
「何か勘違いしてるみたいだけど」
さっきまで不機嫌そうな顔だったチェスが、少しにやりと笑いながらそう言った。
「え?」
「シカゴに、戻るんですよね?」
「はい。三日ほど」
「み、三日?!」
さっきまで細められていた目は大きく見開かれ、全身で驚きを表してるラックさんに思わず噴き出してしまった。
「……そこまで笑わなくてもいいでしょう」
「ふふ、もうNYに戻ってこないとでも思ったんですか?」
「それだけ大荷物だったら誰だってそう思いますよ!」
「ほんとだよ」
「ラックさんはお仕事で?」
「ええ、今ちょうどNJから帰ってきました。ルノラータと不戦協定の件でまた一悶着ありましてね」
「あら、守秘義務を気にしてたのにいいんですか」
「貴女に比べたらこれっぽっちも重要機密は明かしてませんからね。全く……、列車を降りたら大荷物を持った貴女たちがいるから驚きましたよ。」
「ちょうど良い運動になったんじゃありませんか」
わたしとラックさんが話していると、チェスがすっと身を引いて、離れて行った。気を遣っているのか。姿はお子さまだけど、中身は良い大人だなあ。と思う。
「ああ、もうそろそろ乗車用意ができるみたいですね。駅員が出てきました。」
「リア、荷物重いから持ってもらおうよ」
「そうね。それじゃあラックさん、また今度」
「はい。Mr.バルトロからお茶菓子を頂いたのでまたウチにでも」
「楽しみにしてますね。では、」
つばを持って中折れ帽を軽く浮かしたラックさんに、ひらりと手を振る。列車に乗り込み、寝台に荷物を置いて窓を覗き込む。そこにまだ居るラックさんにひどく安堵した。
「大丈夫だよ、また会えるんだから」
これじゃどっちが大人かわからない。慰めるように言うチェスの顔は面白い玩具をみつけたように、にやにや笑っていた。
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