馬鹿騒ぎ
59 刃に映るは腑抜けた自分
「魔女(マスカ)だーっ!」
「危ないから仕舞いなさい」


嬉々として長い刃物を振り回す浅黒い肌をした女がこちらに向かおうとするのを疲れたように制したのはガンドールさんだった。


「あれー、葡萄酒はどうしたの?一緒じゃないの魔女さーん」


ガンドールさんの言葉を聞いてるのかいないのか、頭をこてん、と傾げる動作と共に自身の頬に刃を添わせた。もちろん、寝かせているから切れるわけはないのだけど、忙しない動きを見ていると内心ひやりとしてしまう。


「わたしが連れてくるわけないじゃないの。ほら、その刀仕舞ってよ、」
「ふふん、ムラサーミァがコワいの?」


にやり、悪戯っ子のような笑みを浮かべた女に少しカチンと来た。しかし、「マリア!」とガンドールさんが声を荒げると、女は不貞腐れたように刀を仕舞いはじめた。


「ひどいよアミーゴ!いっつも踊り子みたいな真似させてさ!ちゃあんと殺し屋の仕事だって欲しいのに!」
「だったらウチのファミリー以外で当てを探すことですね」


やれやれ、と肩を竦めるガンドールさんに苦笑すると、向こうもまた苦々しく笑った。

「とんだ挨拶をお見せしてしまって申し訳ないですね」
「いえ。突然刀が飛んできたのは驚きましたけど、」
「わたしはガンドールの一員になったんだよアミーゴ!」
「あ、アミーゴ…?」
「深く考えなくて平気ですよ。この方の言動にはあまり深い意味がないようですので」
「えーっ、わたしのこと信じてくれないの?!」
「そう言うのなら信用されるよう努力なさい」
「むう……そうやって上から目線なんだからーっ!」


ぷりぷりと怒った女、ことマリアは奥の部屋へとずんずん歩いて行った。上から目線って……仮にもこのファミリーのボスなんだから当然でしょうに。あれかな、頭が少し弱い子なのかもしれない。これはまた面倒なのを抱え込むことになってしまったガンドールファミリーには同情しか出てこない。



「立ち話も何ですし、奥に行きましょうか」

マリアが入って行った部屋とは別の部屋へと案内される。その途中、構成員だろうか、スーツの男たちがそわそわとこちらの様子を窺うように行ったり来たりしていた。


「……」
「さあ、こちらにでもお掛け下さい。すぐにお茶を用意させますから」
「ガンドールさん、これ、お土産です。とは言ってもすぐそこのパン屋で買った焼き菓子ですけど」
「これはこれは、気を遣ってくださってどうも」
「あと、これも」


フィーロのカジノから買い取ったトランプの箱をガンドールさんに手渡せば、ぱちくりと瞬き疑問符を頭に浮かべていた。

「ガンドールさんたちがトランプを欲しがっているようだとのお話を聞きまして、さっきカジノから買い取ってきたんです。よろしければどうぞ。」
「ハハ。助かります。ひょんなことでね、愛用していたトランプを手放してしまったものですから…ベルガ兄さんが喜びますよ」


くすくす。ガンドールさんは笑いながらトランプをテーブルの隅に置いた。


「マルティージョはいかがですか、あれから慣れましたか」
「そうですね……なかなか、上手くはいかないものですね」
「何か問題でも?悪い人たちではないと思うんですが」


あの人たちに何か問題があるわけじゃない。寧ろ、問題はないの。無さすぎる、っていうのがぴったりかもしれない。もっと、人を疑う心だとかあってもいいだろうにそれが微塵も感じられない。裏社会の人間のクセしてそれが感じられないのが不思議だ。



「はは、彼らが良い奴すぎて困るって所ですか」
「端的に言えばそんな感じでしょうかね……」
「そんなこと、気にしなければいいんですよ。寧ろ、利用してあげたほうが彼らの為にもなるでしょう」
「り、利用だなんて…」
「ほら、利用することに戸惑ってる。ということは貴方も結局彼らと同じ”良い奴”とたいして変わらないんですよ」



だから、気にする必要はないんです。

ニッコリと笑ったガンドールさんにつられて、口角が上がる。そんなものなのだろうか。わたしが良い奴かどうかは、別にしても気にする必要のないことだったのか。うーん。長い事、同じ人たちと一緒に過ごしていなかったから気にしすぎていたのかもしれない。何だ、これじゃあわたし寂しい人みたいだ。……いや、事実か。



「まあ、こういうのは気になりますよねぇ、」


ガンドールさんが、突然立ち上がったかと思えば、扉に向かってツカツカと歩き始めた。バン!勢いよく開いた扉の先に居たのは、先ほどウロウロしていたスーツの男たちとマリアだった。


「お茶の準備を滞らせておいてどういうつもりなのでしょうねえ?」


シマッタ。そういう顔で固まっていた皆が、一目散に駆けて行く。


「アミーゴ!わたしも魔女と一緒にお茶したーい!」
「貴女はその機会を逃したのは自分自身だと理解していないのですね…」


ハァ、とため息をつくガンドールさんに応えもせずに、マリアがひょいっと部屋に入ってきた。さっきまでぷりぷり怒っていたのはどこへ行ったんだろう。わたしの横まで来たかと思えば、ぼふん、と派手にソファへと腰かけた。そして、先ほどの刀を取り出して撫でつつこちらに視線をむけた。


「ねえ、魔女はムラサーミァみたいな刀使った事あるの??」
「ないけど…」
「じゃあ見たことあるんだ!」
「まあ、似たようなものは。昔、知人が持っていたから…」
「ほんとー?!昔っていつー?!魔女の昔って、ええと、」
「ああ、あの噂信じてるの?」
「……信じてるわけないじゃん。死なない人間なんていないんだよ」
「そうね、死なない゛人間゛は確かにいないわね」
「そうそうー!何世紀も生きた、なんて言われちゃうほど強いってことなんでしょ魔女!わたしと斬り合いしよ!」


また、刀を振り回しながら、今度は詰め寄ってくる。じりじりと逃げるが、ソファの上ではうまい事逃げられない。助けを求めようと横目でちらり。ガンドールさんの方を見たら、悲しそうな複雑な顔をして立ち尽くしていた。……なんでだろう。どうしてこの人は、わたしの話をこんな表情になるくらい、受け止めるんだろう。出会ってからそう長くないのに、わたしがさらっと語ったことも、仕事の事も、全部代わりに嫌そうな、悲しそうな顔をしてくれる。どうして?貴方には何も、関係のないことなのに。


尚も迫ってくるマリアが手にした刀の刃に映るわたしの顔は、人のことを言えないくらいに腑抜けた表情をしていた。


少し前のわたしはこんな顔をしていたっけ。


思い起こそうにも、NYに来る前は自分のことを考えたりすることなんてなかった。淡々と仕事をこなし、目的のために黙々と生きているだけだった。

こっちに来てからのわたしは、何かが変わったのかもしれない。


一体何が、変わったんだろう。


きらりと光る刃とマリアの瞳に、何も言えずに黙ることしかできなかった。






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