馬鹿騒ぎ
48 夢から醒めたら
身体が痛い。

凝り固まった首を回すと、ぼんやりとしていた視界がだんだんにはっきりとしてきた。



「ゆ、め…?」


柔らかい革張りのソファ。きらきら輝くドレス。真紅の絨毯。

確かにそこにあったのに。

目の間に広がるのは、夢で見ていた煌びやかな世界とは反対の簡素な部屋。
木造で、物はなにも置いていない、数日前に初めて足を踏み入れたばかりの仮の家。



「いてて、」


あぁ、そうだ。昨日、ルノラータの仕事を片付けた後にガンドールさんたちがここのアパートまで送ってくれた。そして部屋に入って、そのままドアにもたれ掛かって眠ってしまったんだ。

渇いた血のせいで服がぱりぱりと乾燥していた。


「……眠い」


最近は夢を見ることなんてなくなっていたのにな。まだバキバキと鳴る肩をほぐしながら立ち上がる。シャワーを浴びずにベッドに潜りこんで眠ってしまおうか。服は脱げばいい。しかし髪にも血が付いていてバリバリいっている。あー、もう面倒だな。このまま寝よう。


大きな音を立ててベッドに倒れこみ、微睡みはじめる。

意識が完全に落ちるようとしたその時、家の前に人の気配を感じた。


「……」


身動きを取らずに瞼だけを開く。ここにわたしがいることを知っているのはマルティージョの人かガンドールさんだけ。仕事の後で敏感になっているのか、一気に覚醒した頭は、もしもの時を考えて動き始める。


コンコン。


軽いノックの音が、殺風景な部屋に響き渡る。



「リア。わたしです、起きていますか。」


「……起きてるよ」



起きている、とだけのわたしの返事を聞いた声の主は、控えめに音を立てながら部屋に入ってきた。



「何て恰好で寝ているんですか!」

「だって眠いのよ」

「ベッドも汚して…、今お風呂を沸かしますから寝るんじゃありませんよ」



慌てたように捲し立てると、風呂場の方へ駆けてゆく。
彼は、夢の中のあの頃よりとても丸くなった。まるで別人かのように。


バタバタと忙しなく湯を沸かしたり、血で汚れた床を掃除してくれている。
わたしはそれをぼうっと眺めながらベッドに横になっている。


「お風呂が沸きましたよ。ほら、いつまでも汚い恰好でいないでさっぱりしてきなさい」


「一緒にはいろ」



眼鏡の奥の細い目がさらに細まる。やれやれとため息をこぼすが、手や足が殴りかかってくることはない。


「冗談言うのはなしですよ。髪はわたしが洗ってあげますから」



そう言うと、顔に付いた血や汗を流してくるようにシャワールームに押しやられた。
べたべたする汗を洗い流し、皮膚に付いた汚れを洗い流す。そして、湯船に浸かり彼を呼んだ。



「こら、タオルで隠しなさいと言ったでしょう」


ばさっと上から降ってきた大き目のタオルは、湯船にぷかぷか浮いているわたしの身体を隠した。


「一緒に入るのなんていっぱいあったじゃない」


「子どもの頃の話でしょう」


湯船の端に頭を預けたわたしは、温かいお湯に浸る。バスタブの端から零れるように流れる髪の毛をすくって、いい香りのするシャンプーでふわふわと洗ってくれる。



「まるでメイドだね」

「カモッラにこんなことをさせるのなんてあなたぐらいですよ」

「ふふ。ねえ、アイル」

「………これはまた、随分と懐かしい呼び方で」

「ね、懐かしいね」




思い返すことなんて滅多にしないのに。突然夢にでてきた。何でだろうか。




「二人に久しぶりに会ったからなのかなあ。懐かしい夢を見たよ」

「夢ですか、わたしはもう夢にさえ出てきませんよ」

「二百年も経ったらそうだよね。でも、何でか出てきたの。夜会に行く前だったのよ」

「夜会ですか…いい思い出はありませんね」

「マイザーにとって、ロットヴァレンティーノでいい思い出なんて無いんじゃないの」

「あの日々が過去になった今なら、案外そうでもなかったような気がしてしまいます。」






「人の思い出なんて、思い返すたびに美化されて脚色されていくものですよ」












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