拘束した殺し屋たちを拷問部屋へと転がす兄の後姿を見つめていると、ベル兄は呆れたようにため息をついた。
「ラックお前なあ、いくらあの嬢ちゃんが心配だからってンな態度とってんだよ」
「心配なんてしてないよ。ただ……」
「なんだ?」
「…何でもない」
心配と言えば収まりがいいが、どうにもそこに納まらない苛立ちが自分の頭の中でぐるぐると渦巻いていた。(何か、だなんてこっちが知りたいですよ全く)
*
「これから拷問でもするの?」
拷問部屋から出るために扉を開けると、きゃらきゃらと笑うメキシカンが扉の傍に立っていた。
「もー、無視しないでよアミーゴ!」
「私は貴方のアミーゴではないと何度言ったらわかるのですか」
「細かいことなんていいじゃない!」
ぐるぐる渦巻いていた頭を整理する間もなく、また新たに悩ませる種がやってきた。DD社での一件からウチに入り浸っている殺し屋のマリアだ。キー兄かチックの相手でもしていて欲しかったが、キー兄はケイト姉さんと出かけているし、チックは確か、上の部屋で鋏の手入れをしているはずだ。
「おうおう。今回は拷問しねーよ。ありゃあ、ルノラータの客だからな」
「それじゃあ、お迎えがくるまで遊んでてもいい?!」
「駄目です。そもそも、貴方の相手ができるほど無事な状態じゃありませんからね。」
ふうん、と興味深げに殺し屋二人の傍に近づいたかと思えば、愛刀でツンツンとつつき始めた。
「やめなさい」
「もう死んでるのかと思って。ねえ、これ誰がやったの?もしかして葡萄酒?!」
「ちげーよ、魔女(マスカ)だ」
「魔女?!あの女、まだNYにいるの?!」
魔女の名前を聞いた途端に、マリアの目がきらきらし始めた。
「斬り合いしたい!!」
「駄目です!」
この女は、斬るか斬らないかの二択しかないのかと思うほどに短絡的である。クレアさんを斬ることが叶わなかった代わりに彼女を斬ろうと考えたのか。駄目だと言われても、斬りたいと訴える彼女と、このやりとりを見て笑うベル兄。その声とは別なところから低い唸り声が聞こえてきた。
「う、うぅ……」
「おう、お目覚めか?」
唸り声をあげたのは、片目が潰され、両足に銃痕が残る男だった。
「斬っていい?!」
「貴方は黙っていてください」
無事な片目だけでは焦点が合わないのか、濁った瞳はきょろきょろとせわしなく動いている。
「あ、…あぁ…魔女…!」
「魔女はここにいないよアミーゴ!」
動いていた瞳がこちらをとらえた直後、拘束して転がっている体は大きく震えはじめた。立っている我々を彼女と勘違いしたのか、動かない手足を無理やり動かして逃げようとする。
「動いても無駄だぜ」
にやり。ベル兄が近づいて顔を覗き込む。すると、恐怖によるものなのか、涙を浮かべながらも、ぶつぎりに言葉を発し始めた。
「あっ…ま、ままマス、カ」
「だからいないってばぁ!」
刀を男に突きつけようとするマリアを制し、男の発する言葉を聞く。
「うわ、噂…おなじ…!」
「噂だぁ?」
「しっ、死なない…魔女…!なんども、…何度も蘇る…!」
ぶるり。先ほどよりも大きく、身震いした男は口を大きく開いた。
「!まずい、ベル兄!」
男の言葉に耳を傾けていたために、この後の男の行動に反応するのが遅れてしまった。ベル兄が男の口に手を突っ込む前に、男は舌を噛み切り、口から血を流して白目をむいていた。
「ちっ、やっちまったぜ。生きたまま引き渡す予定だったのによぉ」
血を流している男に一発蹴りを入れたベル兄は苦虫を潰したような顔でこちらに向き直った。
「あぁ?どうしたマリア」
「ねえ、アミーゴ。魔女の噂知ってる?」
「葡萄酒に近い強さの女性の殺し屋、という噂ならよく耳にしますが…」
斬りたいと言って目を輝かせていたマリアの表情は、見たことの無いくらい真面目で無機質なものだった。
「それは、雇い主の中だけの噂だよアミーゴ」
舌を噛み切った男を無機質な目で眺めていたマリアがこちらに視線を向ける。
「わたしたち殺し屋が知ってる本当の噂はね、」
マリアはムラサーミァとかいう名前の愛刀を人撫でしてから、すこし目を伏せた。
「殺しても蘇る、何世紀も生きた魔女。」
「それが、魔女(マスカ)の通り名の由来だよ」
そんな人間いるわけないのにねー!と、無理やり笑顔を取り繕ったマリア。
「……そうですね」
私は渇いた声で返事することしかできなかった。それは否定しようのない事実だろう。しかし、それを証明するには自分の生きた長さが足りない。知らないのだ。何十年どころの話ではない。何世紀、とも言われるほどの間、リア・コストスは一人の殺し屋として、生きてきたのだ。二百年の間、何人殺してきたのだろう。そして、何を思い、何を背負ってきたのだろう。血を流し続ける男を見下ろしながら、さらに渦巻く苛立ちを鎮めるように私はそのまま立ち尽くした。
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