馬鹿騒ぎ
45 ご機嫌いかが狐さん
「派手にやらないと聞いていたんですが」

深めに被っている中折れ帽の下から伸びてくる鋭い視線は、確かにわたしの方を見つめていた。

「これで派手って言うのならクレアはどうするんですガンドールさん」
「はは、嬢ちゃんの言うとおりだぜラック」

大きな体を揺らして笑うベルガをうっとしそうに見つめるラック・ガンドール。ガンドールファミリーのボスであるこの2人は、何人かの部下を引き連れてこの倉庫にやってきた。

「この布、この近くのパン屋の息子が持ってきたんだけどよ」

ベルガ・ガンドールがわたしの前にひらり、と布をかざしながら近づいてきた。破いた服に血でこの場所を書いたものであるそれは、文字が滲んでパリパリに乾いていた。

「そのナリでガキに会ったのか?」

そのナリ。つまりはわたしの恰好。血にまみれた汚ない姿である。

「まさか。この明るさの中こんなきったない恰好じゃあ、外にすら出れませんよ」
「それなら、どうしてあの子供が」
「ちょっとしたツテで」

ベルガは、ツテ?と怪訝そうな面持ちで眉間に皺を寄せながらも、部下に的確に指示を出し、血まみれの殺し屋二人を廃工場から引きずり出していた。

「にしてもこりゃあひっでェな」

ターゲットの二人の攻撃を避けるために使った男の死体を見ながらベルガはつぶやく。

「脳天ブチ抜かれた挙句に顔がミンチで、腹かっさばかれて…アンタ、クレアに負けねえくらいひでえよ」

損傷した部分を見るために、汚物を触るような仕種で死体をつまみあげているベルガは、にやりとこちらに笑みを浮かべた。

「なに意外そうな顔してるんですか、あなたのことですよコストスさん」
「あー、イヤでも、わたしがやったの頭撃ち抜いたくらいですからね?顔つぶれてるのもお腹開いてるのも、実際にやったのはそこの二人ですから」

傷口に雑に包帯を巻かれた二人は、ぐるぐると太い縄に拘束され、床に転がっていた。もうしばらくしたらトラックがくるらしい。それに乗せて、ルノラータからの使いが来るまでガンドールで見張るそうだ。

「一先ず、その血まみれの恰好をどうにかしなければなりませんね。車でアパートまで送りましょう。夜を待つのも時間がかかりますし、何より安全だとは言い切れませんからね」
「そんなに心配しなくともガンドールのシマの住人は傷つけたりしませんよー」
「私が言っているのはそういうことじゃありません」

それなら一体どういうことだ。口に出して問う前に、トラックが到着したようでガンドールの部下たちがぞろぞろ入ってくる。

「ま、危ねえことはすんなってことさ」

多くを語らない弟の声を代弁するかのように、ベルガが言った。

「このままマルティージョのアパートに送ります。明日にはルノラータの使いが来ますからウチのアジトに来てください。報酬の話などもあるでしょう。」

元から笑顔で話をするタイプには見受けられないが、蜂の巣で出会った時やお茶をした時、それらのときと比べて確実に機嫌がよろしくない表情のガンドールの末っ子は、トラックに投げ込まれた殺し屋二人の様子を確認すると一度も振り返らずに車へと乗りこんだ。そして、マイザーに借りたアパートにたどり着くまでに言葉を一言も零さず、自身の兄の投げかけに相槌すら打たなかった。様子が変なのはわかりきったことだが、原因がわからないし、問い詰めようにも助長させてしまっては元も子もないのでとりあえず知らんぷりすることにした。

「それじゃあ、おやすみなさい」
「おう。ちゃんとキレイにしてから寝るんだぞー」
「…」

じゃあな、と手をあげる兄、軽く会釈するだけの三男。
わたしもそれに手を振って、アパートへ帰った。
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