「盛り上がってたところを邪魔してごめんなさいね」
何か言いたげなレンチの男を尻目に、のびている男の襟首を掴み、引きずってゆく。声を掛けられる前に、もう一方の空いた手をひらひらと振った。
「またね」
*
べしゃり。最初の廃工場へと戻ってきた。入ってすぐに、ジャンを投げ捨てると崩れ落ちた様子のもう一人の殺し屋が視界に入る。
「(…血、流させすぎたかな)」
このままだとバルトロにつきだすころには死んでいるかもしれない。さて、どうしたものか。普段の仕事は殺せば任務終了。つまりは、依頼元へわざわざターゲットを引き渡しに行くことなんてないのである。ごく稀に、似たようなケース(例えば、死体を回収したいだとか)はあったが、その場合には依頼元に報告を入れる伝聞係がついてきていた。バルトロの元へ連絡するには手っ取り早いのはガンドールを経由することである。ガンドールのシマであることからもちろん、すぐにでも伝えに行けばなんてことないのだが現在の時刻は昼。プラス返り血まみれ。いくら黒い服を着てようが血なまぐささはぬぐえない。ガンドールのシマがもっと荒んだ町であったなら問題視しないけれど、平和的に守っているこのシマでこの様を一般人に見せつけたなら、ここら一帯を出禁にされかねない。(それは後々めんどうなのでいやだ)ふと、考え込んでいた思考を止め、耳を澄ませると工場の外から複数の声が聞こえた。
「あの赤毛はラッドの兄貴がいずれぶち殺す!それはもう惨たらしく惨たらしく殺すだろう!」
「それさっきから何回言ってブふッ」
工場の入り口からひょっこり顔をだしてみると、先ほどの不良集団がそこにいた。ついでにいうと、レンチが舎弟と思わしき男の子の腹にめりこんでいた。
「……いいこと思いついちゃった」
こちらの気配に気づかない彼らに、そうっと近づく。「ねえ、」驚きで肩を揺らす男の子たち。その中でふたりだけ、特に驚かずに振り返った。
「っ…貴様は…!」
「"またね"って、何の気なしに言ったのにこんなに早く会えるなんてね」
きみたち、わたしに協力してくれない?にっこり笑いながら、彼らにそう伝える。すると、レンチの男の表情が固まった。
「ああ、悲しい。悲しい話をしよう。目障りな赤毛の男が消えたかと思えば、今度はその仲間の女が目の前にいる。しかも、協力してほしいと!協力?なんだそれは。まるで俺を同等、もしくはそれ以下とみなしているかのような言い回しだ!」
「消えたっていうか出てきたのオレらっすけどぶふぉっ」
なるほど厄介。DD社の情報は案外しっかりしているらしい。
「あー、すんません。グラハムさんはー、ずっと慕ってるラッドの兄貴の仇の赤毛に手も出せなくてイラついてブふッ」
「手が出せないィ?否!出さないだけだ。奴はラッドの兄貴自身が手にかけるべき相手だからな!」
さっきから腹にレンチをモロに食らっている男に多少の違和感があった。まるで何か別なことを伝えようとしているような探った目つきが怪しい。そして、その男が口にした”ラッド”という名に聞き覚えがあった。
「ラッド…、ラッドねえ。……あぁ、そうそうルッソファミリーにそんなのいたっけ」
「!!」
レンチの男の表情が変わる。どうやらわたしが思い描いた人物がどんぴしゃのようだった。
「ということは、きみたちはシカゴの子ね。じゃあ、交換条件なんてどうかな」
「交換条件?」
「わたしも、今はシカゴ中心で仕事してるの。だから、ラッド・ルッソがあの赤毛を殺す時、場所だとかいろいろ手引きしてあげるわよ」
「……貴様は赤毛の仲間だろう」
「んー、同業者っていう目で見ればね」
きっと、殺せないだろうけど。その一言は呑み込んで、不良たちに提案をもちかけた。
「お金ならあげる。ガンドールの事務所に行って、ここの場所を伝えてほしいってだけ。」
少年たちの顔が強張った。それもそうか、それはまるで自首するのとかわらないんだ。
「わかった、こうしよう。見ての通り、わたしは市街に出れる格好じゃない。だから代わりが必要。そして、きみたちがガンドールの元へ行かなくてもいい。だから代わりに、そこらへんの子供でもつかまえてガンドール三兄弟に伝言を頼んできてくれないかしら?」
手持ちのあるだけコインを取り出し、少年たちに握らせる。
「頼む相手にもすこしはあげてね」
すると、レンチの男が握らせたお金の半分をわたしの方へと押しつけてきた。
「本当に、赤毛の仲間じゃないんだな?」
「そうですよ」
それだけ尋ねると、男はくるりと方向転換をした。
「…ひとつ。ひとつ大事な話をしよう。俺たちは金はもらわない。この残りの金はガンドールへ向かわせる奴に持たせる。その代り、次に会う時には今の言葉を忘れるな!」
そう言い残して、不良たちは工場を後にした。
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