馬鹿騒ぎ
40 蠢く血潮*
鋭い刃が柔らかい肉をすべる。掌も切り裂いて、骨すらも断ち切るように、進んでゆく。ぼとり。さっきまで感覚のあった指が、手首が、カラダの肉が、鮮血とともに地におちる。

「どうして、」


激しい痛みが左腕を襲う。飛びそうな意識を何とか繋ぎとめた。そして、吹き出る脂汗を拭うことなく、目を見開いているカイの右目に向けて、骨の剥き出しになった左腕を突き出す。

「ぐああッ!!」

痛みに身をよじる男の両足にめがけて銃を発砲。片手で撃ったため、目標位置には若干のズレがあったがしかたがない。足首を撃たれたことで立つこともままならない男の傍に近寄り、握られているナイフを遠くに蹴り飛ばす。これで、ひとり片付いた。生け捕りにするとはいえ、傷つけていけないわけじゃない。"動けなく"してしまえばこっちのもの。

「おいおいおいおい、一体どうしたってんだ…?イキナリ、自分からナイフに突っ込んだかと思えば…!自分で腕潰しにいくなんて阿呆か!」

先ほどまでの楽しげな顔とは一転、目の奥には確かに恐怖の色が窺えた。傷口からあふれ出た血液は、まるで生きているかのようにわたしの足元で集まり始める。シャワーからこぼれた水滴が逆戻りしているかのようにぽつりぽつりと戻るものもあれば、少しずつ固まって戻っていく欠片もあった。


「なんなんだ、ソレは…!?」
「…何って…、わたしのカラダの一部、ですよ?」

ジャンの視線が揺れる、揺れる。わたしの顔から足元の血液たち、そして、カイの元に落ちているわたしの指や掌のかけらたちを何度も見返しては顔が青ざめた。相手をなぶって斬り刻むのが大好きなカイなら、自分から斬られに行られたら怯むだろうと思った。まあ、カイでなくともこの作戦は大概うまく行く。ただ、手首くらいで刃が止まるだろうと思っていたのに、彼の持っていたナイフは思いのほか切れ味が良く、肘まですっぱりやられてしまった。(全部戻るにはすこし時間がかかるな…)

「(早く血が戻らないと一時的なものでも貧血になってしまうんだよね…)」

血飛沫となって飛散したわたしの血液はゆっくりゆっくり、わたしの左腕へともどってくる。白くフェードアウトしそうな意識をぎりぎりに保ちながら、ジャンを睨みつけた。

「ねえ、わたしの腕が戻るまで待っててくれるの?」
「っ…!」

その一言で、今の状況に気づいたらしいジャンは息を呑み、睨み返してくる。だが、瞳の奥は依然揺れたままだ。ずずず…地面を這うように、わたしの一部が近づいてくる。あれは手首だろうか。

「っ…くそ!!何なんだよ!」

その様子が視界に入ったらしいジャンは、後ろを向き、走り出した。……え?走り出した?

「はあっ?!ここにきて逃げるの?!」

技は大振りだがそれなりに評価していたつもりだったのに。彼はとんだ小物だったようだ。どうしよう、わたし、まだ腕戻ってないんだけど。

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