馬鹿騒ぎ
35 廃墟と涙の少年
「虱潰しに見るって言ってもなあ。」

歩くたびにカチャカチャと音を立てるアタッシュケース。大きな音ではないが、気にはなる。

「長いこと使ってたから壊れたのかしら。どこかに拠点でも作って置いておこうかな」

思い立ったらすぐ行動だ。じゃないと、敵に見つかってしまうかも入れない。こっそりと、ある廃工場の窓を覗き込む。こびりついたほこりのせいで窓が汚れて細かいところまでは見れないが、どうやらここは敵の拠点ではないようで人気がない。ギギギ…、と嫌な音を立てながらもなんとか窓が開く。窓際に積んであるコンテナのおかげで中に侵入するのは難しくなかった。窓から差し込む光を頼りにコンテナの上を乗り継いで、工場の入り口付近へと向かった。


「さすがにシャッターを全開にしたら気づかれるかな。」

厄介ごとはなるべく避けたい。ばれないようにするならば裏口を使うのが妥当だろう。裏口を探しながら、今回のターゲットの顔を思い浮かべる。

「(面倒なやつが裏切ってくれたもんだよ全く・・・)」

下っ端の構成員の3人は名前しか知らないが、それらは殺処分して良いと言われているから比較的楽だ。問題はメインの殺し屋二人組。ルノラータ・ファミリーの専属殺し屋の中でも面倒な人物だった。別にものすごい強いってわけじゃないのだけど、弱くはない。そして、頭がイカれてる。とわたしは思う。


「”ジャン・ルッケル”に”カイ・マクソン”…か。」


奇人変人揃いの殺し屋の中でも、わたしは特に好きじゃない。以前一緒の仕事を受け持ったことがあったが、奴らの殺しは気持ち悪い。クレアの殺し方も正直好きではないわたしにとって奴らの殺しは特別ひどく見えた。必要以上に傷つける意味がわたしには理解できない。クレアの場合はそれを”仕事のやり方”として考えているだけだからなるべく深読みしないように気を付けている。だけれど、奴らの殺しは仕事にかこつけて自分のやりたいように遊んでいるだけだ。

「(あれが、バルトロの言う殺人享楽者に成り下がった人間なのかなー…)」

そうこう考えているうちに裏口と思われる扉をみつけた。ほこりや軋みはひどいものの内側からも鍵が開けられるようで、鈍い音を立てながらも鍵を開けることに成功した。
重たいドアノブがゆっくりまわった。

「(よし、これでいい。この倉庫に今要らない道具を置いておけば最悪後で取りにもどれる。)」


倉庫の中で裏口から一番近い隅に先ほどまで持っていたアタッシュケースを置き、最低限必要なものだけを身に着ける。元々持っていたポケットリボルバーに、替えの弾倉を腰のベルトにつけたホルダーにつけていく。これだけ替えがあれば十分かな。他に持っても重たいだけだから、やっぱりここにケースごと置いておこう。リボルバーが使えなくなったら、ターゲットを何とか気絶させておいて後から他の銃を取りに来て手足でも撃っておけば仕事は終了だしね。頭の中で、最悪なケースを想像しながら、裏口のドアの前に立つ。扉を開いたすぐ先にたまたま奴らが通りかかったりする可能性もないわけじゃない。それはそれで厄介なパターンだな。


「(誰も見ていませんよーに)」


ギギ・・・、鈍い音とともに視界が開ける。電気のついていない倉庫から明るい陽の下にでたものだから目がすぐに慣れない。差し込む光に目を細めていると、隣の倉庫との路地から人影が現れた。


「(あいつらか…?!)」
「うっ、うわあっ!」

飛び出す影に向かって、銃口を向けると、影の主は何とも情けない声をあげて地面に転がった。


「・・・誰?」
「ごっ、ごめんなさい!あ、あの、お姉さんもしかしてシャーネを誘拐した・・・!?」


どうやらパニックになっているらしい、顔面に刺青の入った少年は涙を浮かべながら謝ったり、「シャーネ」という名前を口に出してわたわたと慌てている。様子を見るに、わたしのターゲットではないのは明らかだった。きっとこのあたりに溜まっているという不良グループのひとりだろう。そう思って銃口をそっと逸らす。すこしほっとした様子の少年はいまだ涙を浮かべながらも瞳は先ほどよりも緩い怯えに変わった。(それにしてもこの刺青どこかで見たような・・・)


「…ごめんなさいね。わたしの仕事相手かと思ったの。ホラ、立てる?」


いまだに地面に座り込んだままの少年に手を差し伸べる。

「あ、ありがとう・・・」

びくつきながらも手をのばす少年。震えている手をとって立たせてあげると、少年とは言ったものの見た目だけで言えばわたしと同年代くらいの男の子だった。ただ、泣きべそをかいている辺りが少しだけ幼く見えるけれど。……そういえば、この少年はさっき「シャーネ」と言ってなかっただろうか。その名前は数日前にクレアが結婚したいと騒いでいた、あのナイフが物騒な彼女のこと?


「慌てているようだけれど、なにかあったの?」
「僕、助けないといけないんです…!シャーネを…いや、そのっ…僕の仲間が誘拐されちゃって…」

涙を浮かべ言葉を紡ごうと慌てる少年。その顔を見て、思いだす。この顔は紙で見たんだ。シカゴにいる時に町中に張り付けてあったいくつかの手配書の中に確かにこの少年の顔があった。そうだ、この少年はルッソ・ファミリーが懸賞金をかけている要注意人物だ。

「・・・誰が誘拐したの?」
「このあたりに溜まってる不良の人たち、です、けど、僕らも似たようなもんで―…でもッ、僕らは誘拐なんてしないし…、いや、でも盗みもしたしいっぱい人を殺しちゃったけど…!」
「その不良のリーダーってどんなヤツかわかる?」
「ええっと…確か、モンキーレンチを持った男で・・・」
「ソイツの居場所は?」
「み、港の13番地の廃工場…です、」
「そう」

つい、にっこりと笑ってしまい、わたし見た少年の顔が強張った。ごめん、そんなに怖がらないでよ。

「大丈夫、なにもしないわよ。貴重な情報ありがとう」

震えている少年の手を今度はちゃんと両手で握った。少年は慌てた様子でおどおどしている。

「あなたなら助けられるわ。それで、後から赤毛の男に会ったら言ってやりなさい、『おまえが助けなくてどうする?』ってね。」
「え?あ、あのっ…赤毛って…?」
「今後、あなたがターゲットにならないように祈ってるわ。じゃあね、シカゴのジャグジーくん」

手を放し、一気に駆け出す。目的地は廃工場。あ、でもねレンチを持った男のところじゃあないわよ。それよりも奥にある廃工場。ふたつ、みっつ。さて、どれかしら?

「あ、そっか。」

見つけ方、思いついちゃった。
_35/83
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