馬鹿騒ぎ
34 ハドソン川沿いの廃工場にて
胸元に忍ばせてある懐中時計をパカリと開けて、現在の時刻を確認する。もうすぐ昼をまわろうとしていた。別にこのまま続けてもいいんだが…、そんなことを思いながらもそっと背後で小さな木箱の上に座り込んでいる二人の男たちへ視線を向けた。



「あ?時間か?…おい、次はおまえが見張りだろ」
「ああ、ウン。平気だって。こんな人気のないところ人が来たらすぐわかるさ」
「まァ…ガンドールのシマとは言えさすがにこんなところまで見回りしてねえしな」

ここはハドソン川沿いにある、とある廃工場。廃れた建物が立ち並ぶこの一帯の中でも一番奥にあるこの工場にオレたちは隠れていた。他の建物と比べて広く作られているこの工場は、奥に立地しているだけではなく他の工場の並びからすこしだけ外れたところに建っていた。隠れるにはもってこいの工場地帯の中でわざわざ目立つこの工場を選んだのは他でもない。もしも敵に攻め入られた時に逃げやすくするためだ。他の建物は横一列に並んでいるせいで、工場同士の間やハドソン川からやってくる敵の姿を捉えることは難しい。

「おいおーい、オマエらがそんなこと言ってマジで敵が来たら手加減なしでサヨナラすんぞ。」
「えっ、やだなあジャンさん。冗談っすよ。」

二人の男が座っていた木箱の更に奥。コンテナにもたれかかる様にしている図体のでかい男が高く拳を振り上げる素振りをした。拳には鋭利な金属がつけられていて、そんなモノで殴られようものならバーベキューの豚肉のように串刺しになってしまうかもしれない。それを考えただけでもぞっとしてしまう。ファミリーに残っていたらどのみち処分されて殺されていただろう。命を拾ってもらったことにはなるが、その分この人に殺されないように気を配らなくちゃならないことがオレの神経をすり減らしていた。

「ま、敵が来ないとも限らないから用心するに越したことはないね」
「オマエは甘いんだよ、カイ。」
「だってこの状況下でこの一帯に足を踏み入れるとすれば、ここらに溜まってるっていう不良グループかガンドールの二択しかないだろ?不良グループはここから離れた倉庫の方に溜まってるし、ガンドールの見回りがこのあたりまで手を出してないってことも確認済みだよ。」
「まーなァ。不戦協定も結んであることだし、あのバルトロも迂闊に手は出して来れねえだろ。それに、まさかこんな近いところに潜伏してるとも思わねえだろうな」
「あのー、その不戦協定ってのは単に戦わないってことっすかね?」
「え、ちげーの?」
「ちょっと、お前らすこし黙っておけよ」
「オマエら馬鹿ばっかだな。構成員のくせしてマフィア同士のやりとりもわかんねえのか」
「しょうがないよ、ジャン。ルノラータが不戦協定を結ぶなんて滅多にないんだからさ。今回はグスターヴォがしくじったからこんな結果になってしまったけど」


図体のでかい男から数メートル離れた先では、細身の男が刃先の長いナイフをなめらかな布で丹念に磨いていた。こいつも頭が狂っていると思う。何たって殺し屋の中でも特殊で、殺すことが目的なのではなく殺すまでの過程を楽しむことが大好きなのだという。考えただけでもおぞましい。いっそのこと銃で頭を撃ち抜いてくれた方が痛みも少なくて済むだろうに…。やっぱりこの人にも殺されてしまわないように気を遣ってしまう。木箱に腰かける二人の男はこの二人の殺し屋に心酔していて、自ら子分のように成り下がっている。オレは表面的にはへこへこへつらうことはできるけど、憧れたり尊敬することはできなかった。だって、人を殺したことなんてほとんどない。構成員の下っ端も下っ端。自分が裏切りに加担してたことすら、ファミリーから逃亡する直前に知ったのだ。つまり簡単に言ってしまえば利用されていた。その状況に嘆いている暇もない。ファミリーにいれば処分、殺し屋二人の言うことを聞かなければ命を落とす。自分の命を守ることが最優先だったオレはまた結局いいように利用され、こうして順番も代わってもらうことなく見張りに勤しむのだった。



「今回の協定は現時点では幹部にしか伝わってない話だから、ね」
「ま、オレらは知ってるがな」

にやり、と笑う男と微笑む殺し屋二人。その二人の顔色を窺うようにつられ笑いをする二人の男。温かくも冷たくもない、異様な雰囲気で工場内は覆われていた。何となくその空気に耐えられなくて、見張りに専念する振りをして、後ろの男たちから目をそらした。もういっそのこと、見張ってる振りでもして居眠りでもしてやろうか。きっと代わることもないだろうし、誰も気付かない。


「でも、あまり長居すると足がつくからもう少ししたらここを出ようか。次はどこに行く?僕は東の方に行ってみたいな」
「東ぃ?んなとこ行って何があんだ。金か?女か?」
「ジャンはそうやってすぐ金だ女だって言うよなァ。」
「むしろそういうのに興味がねえオマエがおかしいぜ。つーか、オマエも女すきじゃねーか」
「えっ、カイさんも女好き?」
「なんだよそれなら早く言ってくださいよ。イイ女紹介したのに」
「ダメダメ。君らの紹介するような子には手だせないよ」
「はっはっはっ、確かにな!」
「?ってーことは、セレブとかそっち系の女っすか」
「そりゃあ、俺らみたいな下っ端じゃ用意できねえわ」
「ちがうちがう。」

「へ・・・?」
「足が付くような子は、殺しちゃったら隠せないだろ?」















微笑んで笑う男に、大笑いしてる男。


顔が引きつる男に、瞳を見開く男。


暇そうに欠伸を噛み殺して窓の近くに佇む男。




5人の男は悠長に、雑談をしながら時間を潰す。

くるくる絡まる、馬鹿騒ぎに巻き込まれていることに気づかずに。


さあ、そうしていられるのも後何日?


……いや、後何秒?



「みーつけた」




_34/83
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