馬鹿騒ぎ
31 屁理屈を捏ね回す性分で
「それじゃあな。」
「え、ここまで?」
「私用で来ただけだと言ったろう」
「まあ、そうですけどー」
「せいぜい頑張ることだな」
「そうですね、ありがとうございますロニーさん」
「…まあいい」

また私用を強調するのかと思いきや、いつもの口癖をぽつりとこぼし、ロニーさんは去って行く。 素直じゃないなあ。そう思いながら背中を見送り、DD社の扉を開いた。

「いらっしゃいませー!お客様!」

威勢のいい声に若干おされつつ、カウンターに近づいた。ニタリと笑い顔を崩さない、受付の男の後ろでは社員たちがせわしなく仕事をしていた。ちゃかちゃか動き続ける男たちを自然と目で追っていると突然声を掛けられた。

「どの裏切り者をお探しですか?」
「…え?」
「失礼、お探しの情報と違いましたか?てっきりルノラータの裏切り者の所在でも聞きに来られたかと思いまして。」
「…あなた、どこまで知ってるの」
「どこまで、と言われましても。情報を交換していただけるのならそれ相応にお教えできますが?」

男はニッコリと表情を崩さない。

「(こういう人は苦手だなあ…)」

怪訝な顔をしているだろうわたしの顔を見ても全く動じない。むしろ、さあはやく!とはやしたてているようにも見える。どこぞのスマイルジャンキーじゃあないんだから、その張り付けたような笑顔なんて剥がしてもらえないかしら。

「……説明しなくて良いなら結構。ルノラータの裏切り者5名のこれまでの足取りと現在どこに潜伏しているか教えてちょうだい。」
「承知いたしました。では料金として代わりとなる情報を教えていただきましょうか。魔女(マスカ)さん」
「……わたしは名乗った覚えはないんだけど」
「私は情報屋ですから。」

男はさも当然とでも言うように表情を変えない。通り名はそれなりに有名だけれど顔を晒すようなことはあまりしていないつもりだった。だが仕事が仕事だからなんともいえないか。外見に限ってだけ言えば殺し屋の中でも目立っている自身はある。見た目18くらいの女が殺しをしているなんて考えたことがある人は少ないだろう。

「お金じゃないの?」
「情報をいただけないのでしたらお金になりますが、かなりの額を頂きますよ?」



お金か。別に持っていないわけではないけれど、仕事のためにポケットマネーを出す気にはなれない。バルトロなら出してくれるだろうな、きっと。それなら無暗に自分の情報を売るよりも金で解決した方がよさそうだ。

「私どもとしてはお金よりも情報をいただきたいですがね」
「情報って言ったってあなた方が欲しいのはわたしの仕事関係の情報でしょう。そんなことほいほい話していたら失業しちゃうわ」
「心配は無用です。私が知りたいのはあなた個人のことですから。」
「わたし個人?」
「ええ、あなたの。それなら教えていただけますか?」
「…内容にもよるけど、」

「そうですねえ、”いつから”そのお仕事をされているんですか?」



張り付けたような笑顔に、さらにシワがよる。まるで、楽しみで仕方がないような表情で、ものすごく不快だ。というか、その質問自体が不快だった。

「・・・べつにあなたが気にすることじゃないんじゃないの?」
「先ほども言ったでしょう?私は情報屋ですから、私個人の感情以前に情報を集め、発信することが仕事です。」



ほら、現に新聞の制作をしているでしょう?、と後ろでせわしなくタイプライターのキーをはじく社員たちに目を配る。

「ひとりの殺し屋の素性を新聞に載せるってわけ?随分とつまらない記事を載せるのね」
「まあまあ、今のはものの例えですよ。それにつまらない話でもないでしょう?」
「わたしは面白くないもの」
「そんなに隠すだなんてご自分で何かあるって言っているようなものですよ、魔女さん」
「・・・」

どうせ、適当なことを言ったところで目の前の男は納得しないだろう。この手の男はどこか見透かしているようで苦手だ。

「お好きなようにどうぞ。わたしは自分のことを誰かに話すなんて一切しませんから。ということで情報交換での交渉は決裂ね。情報の料金はルノラータ・ファミリーのボスにツケといて」
「おやまあ、それは残念ですが仕方がありませんね。ここで押し問答を繰り広げていても意味はないでしょうし、そもそも話してくださると踏んでいたら別室に案内いたしましたしね」

わたしが答えないとわかった上であえて訊ねてきたということ?にたりにたりと笑う男を見てげんなりする。ほんっと、何を考えているのか読めない男だ。ここにはもっとマシな人間いないのかしら。


_31/83
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