馬鹿騒ぎ
29 後悔と後悔
「ただいま、フィーロお兄ちゃん」
「ただ今戻りました、フィーロさん」
「お邪魔しまーす」
「あぁ、おかえり。って、…リア?」
「お邪魔してまーす」

エニスとチェスについて行ったら、ソファに腰かけて驚いた顔をしているフィーロが目に入った。

「おまえ仕事じゃないのか」
「明日からにしたの。今日は暇人」
「わたしが夕食に誘ったんです。あの、だめですか…?」
「全然いい。ただ、驚いただけだよ。」

エニスのお願いならこの男は何でも聞いちゃうんだろうなあ、とニヤニヤしそうになる自分の口元を引き締めた。あぶない、フィーロを怒らせるために来たわけじゃないのに。

「大丈夫よ。さすがにそんな長居しないし。」
「ゆっくりしていけよ。明日から忙しいんだろ?」
「んー、どんな現状かイマイチ把握してないから何とも言えないわね」
「そんな感じでよくルノラータに雇われたよね。」
「文句は向こうに言ってちょうだい。わたしは頼まれただけなんだから!」
「まあ、とりあえず皆さんご飯にしましょうか」
「賛成〜。わたし手伝うよ」
「僕が手伝うからリアは待っててよ。フィーロお兄ちゃんとお話でもしてて」



まるでフィーロが邪魔者かのように扱われている。すこし可哀想な気になってしまった。

「…フィーロって料理ヘタなの?」
「普通だよ!!」

なんか必死すぎて本当かウソかわからない。まあ、今はエニスがいるんだし下手でも支障ないだろう。


「チェスくんも座っていてください。えっと、味付けとか、もし口に合わなかったら嫌なので、リアさん少し手伝ってもらえませんか・・・?」
「いいよ。やります。というわけでチェスとフィーロはここで待機ね。キッチン来ないでね。女の子の世界だから。」
「はあ?なんだよそれ」
「女の子は内緒話が好物なの。だから、ご飯できるまでキッチン入っちゃダメよ。」

ね?エニスさん!と同意を求めると、慌ただしくコクコクと頷き始めた。なんだか小動物みたいで可愛い。



「さて、メニューはなあに?」
「きっと二人ともお腹すかせてますから、簡単にできるものにしましょうか」
「オッケー。わたし、何やればいい?」
「野菜を洗ってもらえますか」
「了解。……で、何話そっか」
「……わたしがリアさんとお話ししたいっていうのがわかったんですか?」

びっくりして、動きが止まっているエニスは本当に小動物みたいで可愛い。さっきと同じことを思う。


「あー。そうだったの?わたし、適当に言ってただけだから本当にそうだって知らなかったよ。ただ、こっち来てからエニスさんとは話をしてないなァって思って言っただけだったの」
「そう、ですか……」

途端にエニスの表情が曇る。野菜を切っているエニスは何かを考え込んでいるようで手元がどこか危なっかしい。

「なんのお話したいの?フィーロのこと?」
「それも、少し関係ありますけど…、その、リアさんはわたしがマルティージョに留まることになる前のわたしとか、その経緯だとかを知っているのかなあ、と思って…」
「…思い出したの?」
「やっぱり、ご存じだったんですね」
「うん。てっきり、エニスさんはわたしのこと覚えていないと思っていたのに」
「最初は気づきませんでしたが、さっき外で会った時に思い出しました。」

以前お会いした時も夜でしたよね、と付け足すエニスの顔はとても悲しげな顔で今にも泣きだしそうな顔をしていた。

「…エニスさん?」
「申し訳ありませんでした。」


今までの作業をやめて、深々と頭を下げているエニスをみてぎょっとしてしまった。

「え?ちょ、何いきなり、」
「あの時、私はあなたを喰おうとしました。」
「でもそれってセラードの命令でしょう?あなた自身が望んでしたことじゃないなら気にしないでよ。だいたい、結果として喰われてないのだからいいでしょ」

まだ頭を上げないエニスを何とか頭を上げさせて、まっすぐエニスを見ながら話す。

「ですが…、」
「あなたはこれからだよ。セラードみたいに拘束するものはもうないじゃない。フィーロだって守ってくれる、マルティージョのみんながいる。自分がしてきたことは消えないけど、縛られてるだけじゃあ折角手に入れた自由が勿体ないよ」
「でも、わたしはもう何人も喰って、」
「なら、その人たちの分も生きればいいのよ。彼らが手に入れられなかった永遠を、あなたが継ぐの。誰かに喰われさえしなければ永遠に生きることはできるけど、ただ生きるのなんて失礼じゃない。彼らへの償いの意味も込めて生きるのよ。あなたが今までのただのホムンクルスではなく、ひとりの人間として生きていくの」
「…」
「あなたならできるよ」

わたしにはできないことがエニスにできる。 喰ったことを悔やむあなたに、喰えなかったことを悔やむわたし。 どっちが楽なんだろうね。 でもわたしは、今みたいな気持ちになるのならエニスのように苦しみたかったよ。


…なんて、我が儘かしらね。

_29/83
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