「おはようマイザー。朝ご飯食べにきたよ」
「もうお昼近くですよ」
蜂の巣に着いて、カウンターでお茶を飲んでいるマイザーに挨拶すると思いっきり顔をしかめられた。これは説教をされてしまうパターンかもしれない。すこしだけ離れた席へ座って、置いてあるメニューを眺めることにした。やっぱり蜂の巣って名前からして蜂蜜料理がかなり多い。というかそれしかない。トーストでいいかな。寝起きに重いものはさすがにきつい。
「僕がリアの部屋に行ったのもついさっきだもんね」
「食べなくても動きにくくなるだけだから、ついころっと忘れちゃうのよね」
「動きにくくなるって…ギリギリまで試したことあるのかよ。いくら死なないとは言え腹は空くだろ?」
「あら、おはようフィーロ。ええと、試す、っていうか昔に食べ物があまりない所を旅したことがあったの」
「砂漠でも旅してたの?」
「うんまあ、そんなとこ。最近はわりとちゃんとしてたんだけどねえ・・・」
「どうせリアの事ですから仕事がなくて忘れてたんでしょう」
「マイザー正解。仕事でヘマしないように普段は気を付けてるからね」
「腹減って動けませんでした、じゃあ殺し屋できないしな」
「そうそう。」
そんな話をしているとさっき注文したハニートーストをウェイトレスが持ってきた。早すぎないかと思って、注文を確認しようとするときゃらきゃらと明るい声にさえぎられた。
「ここの蜂蜜料理は絶品だぜ嬢ちゃん。ちょうどオレのトーストが来たから先に食べな!」
「マイザーの仲間だってんならオレらの仲間と同じよ!好きなだけ食べていきな!」
「ふふ、ありがとうございます」
確か、ランディとペッチョって言ったかな。二人がまるでミュージカルをしているようにくるくる動きながらトーストを指さして笑っている。
「そういや、エニスの嬢ちゃんを見かけねぇな」
「アイザックとミリアがまたエニスを連れてどっかに行っちまったんだ。」
「残念だったね、フィーロお兄ちゃん」
「余計なこと言うなよチェス」
フィーロがジト目でチェスを睨む。へえ、フィーロってあの子のこと好きだったの。エニス…、昨日少しだけ会ったけどよくわからなかったな。以前、セラードと接触したときに会っているはずだけど、わたし自身エニスのことは覚えていなかったし、彼女も特に反応がない様子を見ると向こうも覚えていないみたいだ。まあ、セラードはもうこの世にいないのだから今さらどうでもいいか。
……いや、その考えはおかしいか。"この世に存在するものの中に生き続ける"これがただしいのかもしれない。成長することもなく、考えを改めることができるわけでもなく、喰われたその時間から別な人間の中にとどまり続ける。思い出として美化されずに、鮮明に、まるで他人の記憶のなかに残り続ける。
喰われた者の一生が終わる瞬間を、奪う側と奪われる側の両方が見えるんだ。なんてばかばかしい。そんなの背負って、生きていきたいなんて思えるわけがない。風化することなく残る記憶はただの足枷にしかならない。
あぁ、もしかしたら、
「(フィーロは闘っているのかな、セラードの記憶と、奴が喰ったかつての同朋たちの記憶と)」
それならわたしも、闘わなきゃ。わたしはわたし自身の記憶に。
……ずっと背負い続けると決めたあの頃を、風化させないように。
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