馬鹿騒ぎ
19 夜空をまたぐ
「…大丈夫ですか?」
「あ、ええ。すみません」

わたしが不死者だったことに相当驚いたらしく、少しの間ガンドールさんが固まっていた。

「船に女性もいたとは聞きましたがまさか錬金術師として乗っているとは…」

そんな驚くことだろうか。別に男尊女卑だのととやかく言うつもりはこれっぽちもないけれど、シルヴィだって普通に乗っていたし、女性の科学者なんて今の世のなかわずかながらに存在する。それを科学か錬金術の違いでしかないのに。


「まあ、不死になりたくて研究してたわけではなかったんですけどね。単なる好奇心でマイザーたちの研究に参加してたんです。」

並んで歩きながら、ガンドールさんはわたしの話を黙って聞いている。

「まさか、本当にセラードの研究が成功してまた不死者が増えるなんて……酷い話ですよ」

大元の製作に携わったわたしが言えることではないけれど、これ以上不死者が増えるなんて良いわけがない。もちろん敵が増えるから、というのもあるが、そもそも朽ちることなく生き続けることに意味なんてあるのだろうか。長く生き続けると、終わりの見えない人生に気が重たくなってくる。

「まあ、でも。完成した酒を飲んだのがあなた方でよかったかもしれないですね」
「たしかに、セラードとかいうあの男の仲間に飲まれるとなると厄介でしょうね」
「んー、それもありますけどそうじゃないです」
「はあ、となるとどういったことで?」
「なんとなく、ですけれどあなた方は不死の苦痛とは無縁のところにいるような気がするんです」

アイザックとミリアのサプライズで、突然現れたわたしをすんなりと受け入れ、ましてやマイザーのかつての同朋であり同じ体であるわたしを、彼らはただただ単純に受け入れてくれた。…そのときも、フィーロにカマをかけるような真似をしてセラードを喰ったことを確かめた時も、わたしは楽しんでいるふりをして本当は疑っていたのだ。フィーロを含む、マイザーの今の仲間たちは不死の力を手に入れたことで、あの船で起こった惨劇を繰り返してしまうんじゃないだろうかと。


「無縁、ですか?」
「ええ。なんだか、心配してたことが一気に吹き飛んじゃったくらい。」

すべて笑いながら受け流してくれるマルティージョの面々を見て、マイザーは良い仲間を手に入れたんだなあ、と思った。

「たしかにマルティージョの皆さんは良い方ですからね。あなたも直ぐ馴染めますよ」
「はは、そうでしょうか」
「むしろ、マルティージョに入られてはいかがですか」
「他のファミリーへの勧誘ですか?ガンドールファミリーのボスさんは余裕ですねえ」
「いえいえ。マルティージョに入らないと分かれば我々が堂々と勧誘できますからね」
「ご冗談を。マルティージョもガンドールも専属の殺し屋なんて要らないでしょう?」

マルティージョやガンドールは他のファミリーと比べて抗争は少ないはずだ。ルノラータくらいの大規模なファミリーには何人も専属の殺し屋がいるけど、そんな大きなファミリーではない。せいぜい贔屓にしている殺し屋がいるくらいだろう。

「そうですね…、殺し屋が必要かどうかで判断するのなら正直必要ありません。ですが、あなたは頭が回る方のようですからうちのファミリーの経営に一役かっていただけないかと思いましてね」
「……はあ?」

何を言っているんだこの人は。殺し屋のわたしが経営?どこをどう考えてそんなことを思いつくんだ。

「笑えない冗談ですねガンドールさん。殺しを生業にしているわたしにそんなことできるはずがないでしょう。いくら200年生きているとはいえ、できないこともありますよ」
「200年生きているからどうって考えではありませんが…。ただ、あなたには殺しなんて似合わない、と思っただけといいますか…」

なんとなく言葉を濁しながら言葉を紡ごうとするガンドールさん。その様子を見るに、ただ単純にそう思っているだけのようで特にこれと言った深い理由はないらしい。どうしてそんな考えに至ったのだろう。困ったように目尻を下げているガンドールさんが不思議でしょうがなかった。

「似合う似合わないで言ったら、クレアだって殺し屋には見えないでしょう?それに、フィーロやマイザーだってマフィア…、カモッラでしたっけ、ええと、それの一員にも見えないような気がしますよ」
「まあ、確かに。フィーロに至っては幼く見えますからね」
「そんなこと言うとフィーロに怒られますよ」
「本人にばれなければ問題ありませんよ」

はは、と笑うガンドールさんはやっぱり少し困ったような笑顔でわたしを見てきた。

「すぐに、というわけではありません。少し、考えてみてはくれませんか。頭の片隅に置いておく程度で構いませんから。」
「……」
「あと、なにかあったらうちのファミリーにおいでなさい。力になりますよ。」
「でもどうせ、仕事の依頼とかはないですもんね」
「そうですね…、内容次第ってところでしょうか」

さっきとは打って変わってニヤリと笑うガンドールさん。

「え?」
「冗談です。さて、そろそろ蜂の巣に着きますよ。」
「あ、本当だ。今日はありがとうございました、ガンドールさん。」
「いえ、こちらこそ。また機会がありましたらお茶でも」
「ええ。喜んで」

そして、蜂の巣の前でガンドールさんとさよならをして店の中で待っていたマイザーに、わたしがしばらく滞在するアパートを案内してもらった。外観ほど狭くはないアパートで、簡単にシャワーを浴びて、ベッドに横たわり目を閉じる。久々のNYでの一日がこんなにも濃いなんて予想もつかなかった。ああ、なんか。これからの毎日がすべてこうやって埋まっていくような、根拠のない感覚が瞼を重くする。

「……おやすみ、」

一人しかいない部屋に、わたしの声だけがひびく。

そして、真っ暗な闇へと、わたしは意識をしずめた。



_19/83
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