「そんな、コストスさんに失礼ですよ。私よりもっと良い方がいます」
「いやいや、ガンドールさんこそもっと素敵な方がいますよ」
「いやそんな…」
なんでこんなことになったんだろう。そもそもの原因であるクレアは彼女に会いに行く準備をするからとさっさと帰ってしまった。言うだけ言って放置って、奴はどういう神経してるんだ。元々人見知りしない性格とはいえ、気まずいものは気まずい。
「…クレアさんは困った人ですね」
「まったくです。ほんと自由すぎますねー…」
はあ…。ため息が自然と出てくる。そういえば、今は何時だろうか。マイザーにこれからしばらく泊まるところを提供してもらう予定だけれど、あまり帰りが遅くなっては困るはず。何ならさっさと案内してもらってベッドに入りたいくらいだ。
「もう夕方ですね。さて、わたしが送りましょう」
「いえいえそんな!大丈夫ですよ!」
「昼間のお礼もできていませんしね。それと言っては申し訳ありませんが送らせてください。」
それに、NYに来たばかりのようですし。と付け足すように言われては返す言葉もない。言われてみれば、クレアに連れられて来ただけでこの辺り一帯の地理は全くわからない。蜂の巣のある通りに出ることができればこっちのものだけど、その通りすらどこから行けばいいのかわからない。
「それじゃあ、お願いしてもよろしいですか」
「ええ。もちろんです。」
そうしてお店を後にして、二人並んで通りを歩いた。三兄弟の並びの中ではわりと小柄な方に見えたけれど、実際の所そうでもないらしい。隣りに立つとマフィアらしい雰囲気をもろに醸し出している彼はずっしりとそれでいて綺麗にそこにいた。
「宿まで送ります。どちらに泊まるおつもりですか?」
「えっと、宿というか…知り合いにアパートを貸してもらう予定なので、蜂の巣ってお店まで行くんです。…やっぱり道だけ教えてくださいませんか」
一応表向きはただの蜂蜜屋だけど、仮にもマルティージョのアジトだし下手に他ファミリーの人間…ましてやボスなんて近付けたらいけないのではないだろうか。隣接しているファミリー同士だし、何かしらの諍いもあったりするかもしれない。
「ああ、マルティージョのお客さんですか」
「あ、はい」
随分とあっさりとした返事に驚いた。
「大丈夫ですよ。マルティージョとは親しくしてる間柄ですからそんな警戒しなくても。むしろ蜂の巣には結構通ってるほうなんですよ」
「…あ。そういえばフィーロと幼なじみ、でしたよね」
「ええ。もしかしてフィーロの知り合いで?」
「いえ、マイザー・アヴァーロの…」
わたしがそう言うと、ガンドールさんの表情が若干ながら驚きの色に変わった。
「そういうことでしたか…」
「どうかしました?」
「昼間の件であなたのことで少々引っかかることがありましてね。でも、今わかりました。」
「はあ」
「魔女(マスカ)と呼ばれる程の方のようですから、そういうものを見たことがあるだけかと思いましたが…」
ああ、そういうこと。
「グスターヴォに頭を撃ち抜かれた時のこと、ですね?」
「…ええ。あなたは眉一つ動かさずにいた。それがどうしても気掛かりでした。マイザーの知り合いならそういう存在も知ってるでしょうね」
「いや、寧ろわたしも同じですよ、ガンドールさん。」
「…え?」
「今ならご存知でしょう?わたしも、200年前に酒を飲んだ錬金術師の1人ですよ。」
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