久しぶりに南沢さんが家にやってきた。


高校生にもなると、中学生と比べものにならないほど勉強は難しくて部活は厳しいらしい。それを物語るように、南沢さんは眠たげに目を擦っていた。どうせまた見えないところで必死に努力しているのだろう。柄じゃないけれど、そんな南沢さんを労わるつもりで今日はシュークリームを用意していた。とは言え今朝コンビニで購入したものに過ぎないけれど、少しでも南沢さんが喜んでくれればいい、なんて、思ってる。


「ちょ、なにやってんすか」
「ん、進路調査表」
「いやいやいや」


空のペットボトルで俺の頭を容赦なく断続的に叩いて喉乾いたとうるさいからお茶を持って来てやった。ついでにシュークリームを隣に添えて。
そしたらこの様だ。気付いた頃にはもう手遅れ。テーブルにおぼんを置いて、南沢さんの手元を覗くとさらさらと狂い無く綺麗な字が綴られていく。


「お前どうせここだろ」


空欄だった第一希望の欄には、南沢さんが通っている学校の名前があった。何度も何度も消した跡で少し汚れている。あれだけ迷っていたのに、南沢さんは躊躇なく記入を済ませてしまった。


「は……、てかそれまさか、ボールペン、」
「あ、悪い、間違えた」
「確信犯ですよね、絶対確信犯ですよね」


俺は溜め息を吐いた。もう怒る気になれない。


「あんたは本当に……、」


意地が悪い、今に始まったことじゃないけれど。
俺も本当に、愚かで、馬鹿なやつだ。まあ、それも今に始まったことじゃない。


俺は南沢さんのことが好きらしい。


それに気付くきっかけなんて些細なことで、とっくに俺の感情は一線を越えていたのだろう。思えばはじめから他とは違う目で先輩を追いかけていたように思う。周りに比べて背丈が小さく小柄。なのに見てるこっち側さえ圧倒させるプレイ。そうだ、はじめはただの憧れのはずだった。


でも今更気付いた気持ちを伝えたって、迷惑がられて気持ち悪がられて、進展もなければむしろ後退して休日にこうやって勉強を教えてもらうこともなくなるのだろう。仲睦まじいとは言わないけれど、一緒にいることが多い先輩後輩。勉強を教えてくれる先輩。家にお邪魔して、教えられる後輩。しょっちゅう口喧嘩する先輩後輩。もうなにも望まないから、せめてこのままでいたい。この関係が壊れるくらいなら、男のくせにしなやかで細いあの指先にさえ触れられなくともいいと思った。


そしていつかこの恋心はとんだ勘違いだったと気付いて、消えてなくなってしまえばいい。


胸の痛みをごまかすように拳を握った。こんなの俺らしくない。俺とかけ離れた几帳面な字をひたすら見つめた。


ビリッ。袋を破る音を横で聞く。そこではっとして、ぼんやりしていた意識が戻った。


「いただきます」
「あ、はい、どうぞ」


そう言う前にも南沢さんはかじりついて、むしゃむしゃと咀嚼した。唇の端についたクリームを舐めとる仕草が、やたら色っぽい。南沢さんは鼻の天辺を睨むようにして、あのさ、と呟いた。思わず肩が跳ねてしまった。


「……やるよ」
「へっ?」


ほんの1秒後に南沢さんはシュークリームを半分に千切って、俺に無言で手渡した。クリームが零れそうになるのを見かねて、咄嗟に受け取る。ところが、間に合わず。クリームが手の甲にべっとりついた。


「なんなんすか……俺甘いもん好きじゃないって知ってますよね」
「知ってるよ、俺のために買ってきてくれたんだろ」


全部見透かされているような、目。南沢さんはじっと俺を見据えた。こうなると俺はどうしていいかわからなくなる。どうすればいいのか、わからなくなる。


「じ、自意識過剰、直した方がいいですよ。たまたまあったんです」
「あっそ」


こうして口答えしてみるのは、なんだか悔しいっていうのもあるけれど、もはや癖になりつつある。小さな頃から見栄張ってばかりの口は今日も明日も口先で嘘をぼやいて、きっと俺はこの先ずっと南沢さんに素直になれない。
情けなくて、馬鹿らしくて、溜め息吐いた。


「倉間、手、出して」


なんだ、返せとでも言うのか。
シュークリームを持ったままの左手を差し出すと、違うそっちじゃないと右手を引っ張られた。
眉をひそめて疑問に思っていると、南沢さんは舌を出してクリームを舐めとって見せた。指をくわえて、隅々まで舐める。俺は唖然とその様子を見ていた。


「ちょっ、南沢さ、やめてください……!」
「ん、うまい」


この人、おかしい。後輩にこんなことするなよ、勘違いする。てか、すっげぇエロい。ひとり赤面してしまう。


「……倉間って、本当に俺のこと好きだな」
「は、今なんて」


季節は冬になる。
南沢さんに彼女が出来てから、もうすぐで1ヶ月が経とうとしていた。


キューピッドの失恋/花洩


一体いつ書いたものなんだろう
いつか修正ちゃんとしたいです
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