申し訳なく思いながらも休憩をもらい、兵助はタカ丸と外に出た。適当な段差に尻をついて、ふう、と息を吐く。


一体いつの間に買ったのやら、タカ丸はコーヒーを兵助に手渡した。兵助は、両の手のひらでそれを握る。冷えた手のひらに、じわじわと浸食してくる。熱というより、あまりの温度差でそれは刺激という方が正しい。しかしこのアイスでもホットでもどちらでも構わないような季節に、わざわざホットを選んだタカ丸。大した意志はないのかもしれないけれど、そんなタカ丸になんだか違和感を覚えながら、兵助は缶をあけた。
かちんと鋭い音がはじける。


「でさ、兵助くん、聞きたいことがあるんだ」


なんだ、と視線で返事をする。えっとねえ、とタカ丸が言葉を濁してる間に、兵助は缶に口をつけて、コーヒーを口に流し込む。兵助には熱すぎて、慌てて口を離した。ひりひりと叫んでいる舌を口内の壁にあてて、なんとか熱を柔らげようとする。


そんななか、僅かに感じた味覚は、慣れたほろ苦さだった。


「余計なお世話なんだけど」


「…ぶらっく」


「へっ?」
話を中断させてしまったようで、「あ、いや、ブラックだ、と思って」なんの言い訳でもないけれど兵助は咄嗟に付け足していた。


「うん、だって、兵助くんブラックでしょ」


「ああ、うん、そうだけど。…なんで知ってるんだよ」


「やだなぁ、兵助くんいっつもブラック飲んでるから、わかっちゃうよ」


けろりと答えたタカ丸に、そんな覚えられるほど、飲んでいたかと兵助は驚いた。タカ丸は満足げに笑っている。兵助は、悪い気はこれと言ってせずに、少しむず痒くなりながらひたすら缶コーヒーを握っていた。


「で、話、いいかな」


「おう」


「竹谷くんのことなんだけどねえ」


たけや。その言葉に、兵助はほんの一瞬、呼吸が止まるのを感じた。竹谷が、どうした。冷静に聞き返す。悪い予感しかしないなのは、一体何故なのか。


「最近どお?」


…最近どう、だなんて、お前にべらべらと喋るようなことではないだろ。お前に聞かれる筋合いだって、ない。兵助は誰と張り合っているというのか、心にもないことが口から零れそうになった。意地になって浮かんできた上っ面の反抗を、喉で押しつぶす。なんたって、タカ丸は兵助が心を許してしまったうちのひとりだった。


「…いきなりどうしたんです」


「うまくいってるのかなって、気になって」


「うまくいってないようにみえますか」


兵助は、冗談なんて言えるものじゃない。その言葉は自虐のつもりで、吐き出した。


「みえるよ」


少し躊躇って、タカ丸ははっきりと答えた。少し目を見開いた兵助は、無言だ。


「…ねえ僕、ずっと気になってたんだ、兵助くん、無理してるよね?」


「してない」


「うそだよ、ねえうそだよそれ。兵助くんてば、強がらないでよ」


右の頬に痛いほど突き刺さってくるタカ丸の視線に気付かないふりをして、兵助は缶の口に息を吹きかける。強がってない、しつこいぞ。そうはね返されるのももう慣れたことだ、引き下がるものか。タカ丸は冷たい拒否に、負けじと言い募る。


「俺なんかが竹谷に迷惑かけちゃいけない。」


「…は」


「そうでしょ?」


タカ丸は兵助の言葉を待たずに続けた。兵助は缶をいつの間にか握りしめ、胸にじわじわと沸き起こってくるなにかにじっと耐えるのみ。


「僕、心配で心配でたまらないんだ。…兵助くんが、壊れてしまいそうで」


なんでお前が泣きそうなんだよ。兵助はうつむいたタカ丸を見つめる。そして、これ以上はだめだ。と自制をかけた。これ以上言葉をかけられれば、どうしていいかわからなくなってしまう。


「そろそろ戻る。斎藤、心配するな。俺はそんな弱っちくない」


その言葉を絞り出して、兵助はタカ丸を置いて店内へ戻った。


襟足に再び突き刺さる視線に無視を決め込んで、騒がしい空間に身体を馴染ませていく。意味もなくエプロンの紐を結び直して、よし、と胸内で呟いて。誰もいないのをいいことに、少しその場で上を向いて、瞳に薄く滲んでいた水の膜が乾くのを待った。


コーヒーはまだろくに口をつけていないままだった。










ああ、なんて震えた声。


僕は悲しくなって、しばらくそのままうつむいていた。


あんなに震えた声をして、ろくに目も合わせてくれず。なにを兵助くんは、耐えているのだろう。どうすれば、僕のもとへ縋りついてくれるだろう。タカ丸、その震えた声でたった一言、名前を呼んでくれれば、すぐにすくいあげるのに。なのに兵助くんは、わざわざ僕を斎藤と呼んで、強い口調をしてみせた。だから、余計に震えた声が浮き彫りになって。


涙、涙、零れてしまえ!
静かに胸で唱え続けた。結局それは届くことはなくて。


竹谷くんは、きっと知らない。兵助くんが、こんなにも弱っていること。
なんだか調子悪いなあ。その程度のことは気付いていようが、彼は具体的なことはなにひとつ見透かせてやしない。その溢れんばかりの優しさと反比例した鈍さが、また兵助くんを苦しめているのだ。


例えば、兵助くんが嫉妬していること。
彼は知っているのだろうか。一度や二度、勘づいて宥めたのかもしれないが、兵助くんが隠せないほどに切ない表情を浮かべていることには変わらない。やはり肝心なところには、気付けていないのだ。兵助くんはただ単に竹谷を囲む人々に憎たらしい思いを抱いているのではなく、おそらく、その先。兵助くんは、置いてかれる、捨てられることに、怯えている。僕が知っている兵助くんは、なにもかもを抱え込むどうしようもない秀才だ。不器用すぎて、その悲しみを溶かすあても知らない。なんて、可哀想なんだろう。


僕なら、気付いてあげられるのに。
ああ僕の元へ、泣き縋りついてくればいいのになあ。


「…竹谷の馬鹿野郎が」


タカ丸は、苛立っていた。




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