今日はさして受けたい授業はなかったし、兵助はここ最近続く夜中のシフトでつかれていた。後方のことがよっぽど響いてか、あの兵助でも今から大学に行こうとだなんてことしなかった。
…というのは、まあ建て前で。


大学にいけば竹谷に会うかもしれない。お昼は5人集まって食べることなどざらにあったけれど、今家を出たら既に午後の授業にさしかかる。つまりは専門もまるで違うから、すれ違うかすれ違わないかの問題なのだろうけど、それは兵助にとって重要な点だった。


笑って、手を振れる自信がなかった。竹谷に迷惑かけない、重たくない自分を保つために、今日は顔を合わせないようにしよう。兵助はそう決めていた。こんなこと、なんてことないんだ。


そう言い聞かせては充分に納得したはずなのに、うまく断ち切れない自分が未だ居座っていて、兵助はうんざりとひとりため息をついた。


ただバイトはそう簡単に休めるものではなくて、やはり行くしかない。カラオケのバイトは思っていたより楽で、賑やかすぎる空間に長居するのも慣れてしまえばどうってことなかった。好きにはなれないけれど、バイトと割り切ればいい話。携帯だっていじる余裕がある。周りはひとつ年下の綾部がひとり、それ以外も年齢の若い人口がなかなか多く、一応は、かろうじて全員知り合いといった感じだった。
人見知りで饒舌には程遠い兵助にとっては、よくやった方なのだ。これも、竹谷の影響だろうか。綾部は夜中が苦手らしく、この頃は兵助とシフトがあうことはない。今は、兵助以上に無口な年上の男と、ふたりっきり。注文やら客やらが来ない限り、暇を持て余すばかりだ。


ほんの少し、外の雑音が耳朶を打って、誰かがドアを開けたのだと悟った兵助は顔をあげた。カウンターに立って見てみれば、やたらカリスマ性のある集団。兵助は若干たじろぎながら相手をしようとすると、聞き覚えのありすぎる声が聞こえた。


「あー兵助くん!」
目の前の人に記入用紙を差し出したところで、兵助はびくりと肩をあげた。確かめるまでもなく、それは派手な髪色をした彼だった。「タカ丸さん…」


「あ、酷いよ、ちょっと今うんざりしたぁ?」
いえ、と兵助はにっこり答える。するとタカ丸は余計に小さくブーイングをもらした。


「なに知り合い?」


「うちの大学の二年だよ」


「先輩じゃん、なんで敬語だし」


その質問はどうやら僅かながら俺にも向けられているようで、そう言った彼と一瞬目が合った。


「敬語タメ口、呼び捨てさん付け…ばらばらだよねぇ、こんなんでも兵助くんいつも僕に厳しく怒鳴りつけてくるんだから」


「なっ、大袈裟だぞタカ丸」


「ていうか、ほら、僕一応みんなより年上だからねー?忘れてない?」


「もちろん忘れてた!」
などと和気藹々彼ら彼女らは笑い合う。
随分と仲が良さそうだ。


にしても、恐るべしカリスマ集団。なんだって、タカ丸の眩しいまでの金髪が目立たないのだ。兵助は半ば呆れながら、感心というわけではないけれどそれに近い感情を抱いて。同時に早く個室へ行ってくれと、ひしと願う。どうもきらびやかな集団は、俺には合わない。兵助は10人ほどの集団を眺めて、そう愛想笑いする。よくタカ丸と仲良くなったものだと、今更不思議で、悪くない違和感に気付いた。


それから間もなく彼らはドリンクを人数分注文して、個室にぞろぞろと向かった。無口な彼に手伝ってもらわなければと、兵助はメモに目を通す。


「あの集団ジンジャーエール率高いんだよ…」


無口な彼はそう言って、突如するりと兵助の手の内からメモを奪った。慌てて俺やりますと兵助は口を開きかけるが、無口な彼に後ろを顎で「ん」と促されて振り向いた。すると、さっき会ったばかりのタカ丸と目が合った。


「ちょっと話そうよ」




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