喉がむず痒い、痛い、変なところに水分が侵入しやがった。げほげほと咳き込んで、俺は喜多を睨んだ。喜多は実に愉快だというように笑っている。口元を手で覆ってこらえているようだけれど、まるでおさえきれていない。


「予想通りだ」


喜多はそう言って息を吐くと、目尻を擦る。そんなに笑えたか、俺のむせた姿が、そんなに笑えたか!苛つきながら唇をきゅ、と結んで、唾液で喉を潤す。よりにもよって炭酸だったせいで、喉がひりひりして仕方ない。


「…予想に応えられて、嬉しいよ」
「怒らないでよ、困ったな、そんなに怒らせるつもりはなかったんだけど」


たっぷり皮肉をこめて笑顔で吐いた言葉は余裕綽々にかわされた。


喜多は案外性格が悪い。と言うのは、高校に入ってからわかったことだった。
これまた意外なのが、俺と神童が別の高校を受験し、進学したこと。それを知られる度、まさかお前ら喧嘩したのかだなんて騒ぎ立たれることばかりだったけれど、そんなこと有り得ない。ごく自然に、お互い進みたい学校があって。その意志はとてつもなく強いもの、というわけではなかったけれど、それをわざわざどちらかがねじ曲げる程、俺たちは依存していなかったのだ。正しくは、依存が薄くなった。そう言えばまた驚かれて、俺たちはどれだけ周りから見たらべったりだったのかと少し気持ち悪くなって、悪戯したあとの気分みたいに嬉しくもなった。
最初こそ違和感だらけだったけれど、それなりに仲良いやつも出来て、あろうことか翌年狩屋が入ってくると、すっかり違和感は失せた。


更にもうひとつ、俺が驚いたのは、喜多が同じ学校だということだ。


校内で俺と同じ制服を身にまとう喜多を見かけたときは、軽く五度見くらいした。神童と喜多は他校ながらも何故だか割と仲がよかったらしいし、それ以前に学力がほぼ等しく好みも似ているから、てっきり同じ高校に行くのは自然なことだと思い込んでいたのだ。神童の話に喜多はよく出現し、些か気に食わなかったけれど楽しそうでなによりだ


なんて保護者気分でいたのもつかの間、神童の口から喜多と付き合ってるんだと聞いたときは目玉が飛び出るかと思った。そしてなんということか、再び目玉が飛び出る言葉を喜多から聞くことになる。
付き合っていて、趣味も似ていて、学力も等しいのに、何故別の高校にしたんだとたずねたら、「寂しがって神童くんが俺に大胆になってくれないかなあって。それにちょっとの不安があった方がスリルじゃない?神童くんのあの顔、たまんないんだよね」どの顔だよ俺にも見せろ!なんと意地の悪いやつだろうと、俺の目玉は吹っ飛んだ。


こんなやつに神童は惚れたのかと、目眩さえした。中学の頃のこいつのイメージといえば、真面目で、律儀で、綺麗に笑う、そんな絵に描いたようなしっかり者だった。それがなんだ、とんでもない性悪だった。誰かに似てると思いパッと浮かんだのは、南沢篤志。あのひとも、こんな変態めいたサディスティックな発言をするようなひてだった。


高校一年生の秋頃、喜多と俺はわざわざ互いに干渉せずとも部活でのチームメイトだったため、自然と仲良くなった。他のメンバーより、ちょっと上くらい、仲良かった。おかげで喜多を見る俺の目はまるっきり変わった訳だけれど。
目の前で悪びれもなくハンバーガーを咀嚼する喜多は、俺の目にはたちの悪い策士野郎にしか見えていないってことだ。


はあ、と溜め息ついて、今後は慎重にジュースに口をつけた。むせるのはもうごめんだ。


「……冗談だよ、冗談」


ほらもうたちが悪いったらありゃしない!
俺が先刻コーラに苦しめられたのは、喜多の神童くんとセックスをしたよという、後輩のたわいない話をしていた直後にぶっ込まれた発言のせいなのだ。
それが、冗談だと?


念のために、なにが、と問いかければ、まだしてないよとあっけらかんと喜多は答える。していたとしても、いらない報告だ。いや、神童からなら構わないけど。無駄に忙しい心臓をゆっくり呼吸をして落ち着かせて、口を開いた。


「…つか、もうしてんのかと思ってた」
「セックス?」
「セックス」
「ならなんであんなに驚いたんだ」
「話題の移行とお前のナチュラルな感じだとか色々破滅してたんだよ…」
「南沢くんがね、あいつ顔真っ青にするぞって言うものだからさ、試してみたくて。…でもちょっと違ったみたいだね」
店内は騒がしく、終始賑やかなBGMに似つかわしくない会話をしても、誰の耳に入ることはない。


「…うーん、でもほんとのほんとに、まだやってないだんよ」
「なんだよ、なんか問題でもあったのか?…まさか寸前で怖じ気づいたとかないだろうな。」
「それは有り得ない」
「デスヨネー!」


もうちょっと、返事に躊躇してくれないだろうか、苦笑するとかジェスチャーをつけるとか。そう真顔で即答されると、まだなんか複雑だ。なんだって、俺にとっちゃずうっとべったりくっついていた幼なじみが掘られる話な訳だ。
心地良くてたまるか。


「なんかさ、神童くんって意外と脆くないよね」
「脆い?神童がすぐ泣いてすがりつくようなやつだと思ってたわけ」
「いいや、そういうわけじゃあないけど」
「じゃあなんだよ」


ううん、と喜多は言葉を濁す。お前のくせにはっきりしないな、とハンバーガーにかぶりつくと、喜多は容易に言葉を使うと霧野を怒らしかねないしな、と苦笑した。少し冷めたハンバーガーをもぐもぐと咀嚼しながら、なんていえばいいんだろうと悩む喜多を見つめる。こういう言葉の語弊に気を使うあたり、やっぱりこいつは律儀なやつだった。


「…えっと、霧野に負けてる気がする」
ようやくぽつりと漏れたのはそんな言葉で、俺は、は?、と眉を寄せた。


「…なんの勝負だか知らねえけど、お前のこと話してる神童死人が出るレベルに可愛いぞ」
「いや、悔しいけど霧野ほど神童くんは感情を俺にぶつけてくれないよ」
「それにあいつ無意識なノロケ話ばっかなんだぞ俺の身にもなってくれないか」
「せんなこといったら神童くんの昔話は霧野ばっかりだよ」


なんていつまでも茫々と続けていられそうな会話を繰り返していると、「お互い様だろ…」聞き覚えのある声が、明らかに俺たちに向けられていた。咄嗟に横を向くが、顔が新聞に隠れて見えない。


でもこの声、わかるぞ、あの元祖性悪野郎の、あのひとに違いない。新聞が畳まれて、そこには予想通りの彼がいた。


「お前らさあ、そういう話をこういうとこですんなよな」
呆れたように苦い顔を浮かべている。


「南沢くんいたなら言ってくれればよかったのに」
「お前の前から結構いたぜ。霧野がむせたときは腹ちぎれるかと思った」
「てめえ」

飽きましたすみません
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