憎たらしいくらいに鮮やかな桜色を、真っ黒に染めてみたいと思った。そして想像以上似合っていない先輩を見て、俺は大笑いするのだろう。


冬よりも短い先輩の髪は、夏でも涼しげになびく。そっと触れてみると熱くも冷たくもなくて、ああ道理でこの炎天下でも色褪せてしまわないんだと馬鹿なことを考えた。きっと俺は頭がイカれてた、そうに違いない。
だから一生口にしない、と身体の一番奥深くに沈ませておいた言葉が、いとも簡単に浮力に従って、そのままつるり、と零れてしまったのだ。あ、まずい。そう思ったときには既に手遅れで、なにより沈黙の到来がありありとそのことを伝えている。弁解するのもどうだ、だからと言って沈黙はうざったい、およそ1秒の思考だった。頭を抱えて、結局音のない溜め息を吐いた。


やがて小さく聞こえた、ふーん、なんて思ってもみなかった気の無い返事に力が抜けてしまう。意味が伝わっていないのかとホッと安堵したのも束の間、


「俺も、好き」


風の音に紛れて耳朶を擽って先輩の声は、確かにそう言っていた。


「はっ……先輩、自分が何言ってるかわかってんの」
「お前こそ」


先輩は止まらない。スピードも緩めない。ただ悠然と髪をなびかせている。俺はただ呆然と先輩の襟足を見つめていた。


「冗談よしてくださいよ」



ははは、は、は、ごまかすように笑っても先輩はハの字のひとつも発さないで、何事も無かったように、あ、坂道、と呟いた。その呟きを聞いた途端に身体が傾いて、スピードが急上昇する。思わず掴んだ先輩のTシャツは、少し汗で湿っていた。



「先輩!」
「なに!」
「あんた、本気で言ってんの!」
「本気だよこの野郎!」
「馬鹿じゃねーのくそ野郎!」


風の音が邪魔をして、自然と叫ぶように会話をする。ここが住宅街で人がちらほら歩いていることなんて頭になくて、ひたすら俺は先輩の言葉の意味を邪推した。坂の先には別段美しくもない見慣れた川が流れている。スピードがみるみる緩んで、自転車は川沿いを走った。
俺はごくりと唾を飲んだ。…期待している自分がいる。身体の内側から熱がこみあげてくるようだった。


「…ね、先輩、……マジで言ってる?」


ああ、とすかさず肯定する先輩の表情は見えない、悔しい。器用に嘘ついている笑い方してる?それとも馬鹿真面目な顔しちゃってんの?まるで余裕な先輩には後頭部にも目玉がついていて、俺の表情仕草全部知られてるんじゃないかと牽制してしまう。全部全部なにもかも見透かされている気がして、そう考えると俺の思いはいつから知られていたんだろうという杞憂まで思考は至る。
思考回路がぐちゃぐちゃに絡まったところで俺は考えることを放棄して、先輩の背中に頭を預けた。太陽の光が襟足を焦がす。あまりの暑さで頭もぼんやりしてきた。


「…っすげぇ、……ハズい、もう訳わかんねー」


太陽のせいではなく体内に溜まった熱を少しでも逃がすためにぼやいた。先輩に届いたのか届かなかったのか知る由もないけれど、先輩が柔らかく笑った気がする。その瞬間にふわりと濃くなる夏の匂いが、俺は好きだ。この匂いはきっと、これからも、死ぬまでも、俺にとっての夏の代名詞であり続けるだろう。この匂いが毎年鼻孔を少しでも掠ってくれないと、俺のなかから夏はいなってしまうだろう。だから先輩、先輩は、いなくならないで。


とにかく今だけはこの暑さを理由にして、この擽ったい気持ちを抱えたまま、何も考えずに目を瞑ろうと思うんだ。


「なぁ、狩屋」
指先になにかが触れて、はじけた。


指先から愛2000字送ります/花洩



短い(;^^)
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