俺はどうやら捨てられたららしい。


そう自覚したのは南沢さんがいなくなってから1ヶ月も経たないうちだった。最初はご主人様を待ちわびるハチ公みたいだなだとか冗談にもほざいていたけれど、全く笑えない。笑えねえよ。
思っていたよりも、俺のなかのあの人の存在はでかかったみたいだ。




「倉間ぁ」
眠たげな声が俺の睡魔を引き起こそうとする。誘発された欠伸を歯を食いしばって押し殺し、構わず部室へずんずんと向かう。


「くーらーまー」
「……んだよ」


南沢さんがいなくなって以来、やたらこいつは引っ付いてくる。 以前から同級生のなかでは速水と浜野の3人で一緒にいることが多かった。それは変わりない。ほんの少し、もしかしたら自意識過剰かもしれないけれど、浜野は餌みーつけた、とでも言うような喜色を浮かべては俺に絡んでくる。 ベタ惚れだった恋人に別れの言葉も無しに捨てられた俺を慰めようってのか。どういうつもりだか知る由もないが、苛立ちが生まれてこないなんて、俺相当弱ってるな、とアホらしくなった。


「倉間さー、最近メニューきつすぎじゃね?」
おそらく、南沢さんがいなくなってから、が補足される。


「……しゃあねーだろ」


南沢さんはパス回しが上手い、シュートの威力が強い、なんだかんだいって努力家で本気になれば試合中だって気配りを忘れない。本気になれば、というところが少しばかり気にかかるけれど。
つまりは、南沢さんはサッカーが上手い。
そんな人が急にいなくなったんだ、同じオフェンスの俺がもっともっと頑張らなきゃいけないだろ。監督に話すと案外すんなり話は通った。実に、練習量は倍に跳ね上がった。


勉強する暇なんてないしそもそもするつもりもないし、前まで嫌々手取り足取り教えてくれた人がどっか行った訳だし。もうどうにでもなれってだ。とにもかくにも、頭が紛れるから丁度良い。どうってことない。あーだこーだ未練たらしい自分を目先のことで埋め尽くしたかった。


「ふーん、そー」
軽く相槌を打って、浜野は数十メートル先に転がってきたボールに向かって駆けた。すみませーんと手を大きくする方へ投げる。


「ありがとうございます」
「うっす」


野球部員が帽子をとって軽く会釈をする。すぐに振り返ると、大きく振りかぶってボールを投げた。さすが野球部は教育がなってる。
「……」大きな雲から太陽が覗いて、地面を黄土色に照らす。空を仰ぐと、ぬるま湯を溶かし込んだような風が指の隙間を通る。


……眩しい。雲って、こんなに早く動いてんのか。太陽光が代わる代わる遮られて、右目を刺激する。ファイトー、とどこぞの部活のかけ声が耳に響く。
早く動く空のなかに、のろまな白い棉。……きっとあれは、俺だ。馬鹿なこと考えて、余計に自分が哀れに思えた。


俯いて、こめかみをぎゅっと押した。じりじり、痛む。痛い。……痛い。
気付くとこれが悪癖になっていた。目頭がじぃんと熱くなると、それを痛みで上乗せるかのようにこめかみを指ど押す。泣くだなんて、女々しい。理由も、わからないってのに。どうしようもなく不明瞭で行き先のない気持ちは押し殺すしかない。


顔を上げると浜野の姿はもう遠くて、丁度居合わせた天馬、信介、剣城と談笑していた。


「ちゅーか、毎日お兄さんのお見舞い行ってんの?」
「あ、はい、まあ……」
「あ、今日のお見舞い俺もついていくね!」
「いいないいなあ!僕も優一さんに会いたいっ」
「別に遊びに行くんじゃないぞ」
「ね、いいでしょ剣城!」
「……好きにしろ」


後ろから見ると、背丈がでこぼこだ。きっと話も噛み合ってないに違い無い。 こういう些細なことを目に焼き付けて、あの人のことを忘れられたらいいと思う。今俺がすべきことはサッカーだ、革命。あまりに無謀だけれど、ここまできたらやるしかない。んでもって、南沢さんのくそ根性叩き直してやる。


威勢がいいのは口だけだなー、そう馬鹿にして笑う南沢さんは、もういなかった。


なんにもなれやしないよ/ago


ひっどい・・・そのうち修正します
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