「人ってさ、死んだらどうなるんだろうね。」


何食わぬ顔でシュウは呟いた。
メルヘンなような物騒なような、なんだか一歩間違えたらすごい深い所まで議論が続きそうな質問である。シュウといえば頬杖を突いて、目が合うとにっこりと微笑んでいた。どうやら俺に問い掛けている。
至ってシュウはご機嫌のようだった。シュウが機嫌良いときには、なにかしら俺に質問を投げ掛けてくる。意図は分かりかねないが、俺にとっちゃ尻尾を振って寄り付いてくる犬のようで悪い気はしなかった。


「死んだらもう終わりじゃないのか?」と、特に深入りせずなんとなく答えた。シュウはそれに満足しないようで空気をほっぺたにためて幼い表情をする。


「君は冷めてるなぁ。天国とか地獄とか、あるでしょ。」


天国、地獄。これはまた対称的な例だ。
正直、考えたことがないかもしれない。思い返せば、四六時中サッカーだったし。死にたいと思ったことは指で数えられない程にあるが、死んだ後のことなんてこれっぽっちも頭になかった。もしかしたら、現状にいっぱいいっぱいでそこまで頭が追いついていかなかっただけか。というか、死んだ後の世界を考えたり期待するのはまだ生きていたい、ということの証拠じゃないのか。だからといってそれを考えていなかった自分が本気で死にたかった可哀想な人間、と主張しているわけではないが。死後の世界なんて、所詮空想だ。などと結論づけて、遠くで沈みかける夕日を眺めた。


「人は死んだら勿論この世からいなくなるが、周りの人の記憶にはずっと生き続ける。忘れても、すみっこで生き続けて、消えたくても絶対消えられない。」


死後の世界なんて在るわけないよ、と言えば冗談と本気混じりで俺に質問を投げ掛けたシュウの好奇心を踏み潰してしまう。それは避けたい。


シュウの機嫌をとるわけではないが、シュウは、人間ではない。死んだ人間だ。信じられなかったし、今だって半信半疑。でも、確かにシュウはここにいるんだ。死後の世界はないと断言すれば、好奇心を潰してしまうなんてちっぽけなものじゃなく、今、ここにいるシュウの存在を否定することになる。それは絶対に俺が認めない。


うんともすんとも反応を見せないシュウの表情を横目で伺うと、どこか意識を持っていかれたようにただ遠くを見ていた。大きな瞳には、さっき俺が無意識に眺めた真っ赤な燃えるような夕日。返事を急かすわけでもなく、ただその瞳に見惚れていた。横から見つめると、睫毛が長いのがよくわかる。年齢は、俺と同じだとシュウは言っていた。にしても、童顔。そんなシュウをずっと見つめていると不意に目が合う。そして、ほんのり赤く染まったいた視界が暗くなり、夕日が沈みきってしまったのだと悟った。暗がりに沈んだ瞳に写る俺は、無表情だった。


「じゃあさ、君、僕のこと絶対に忘れない?」
「……え?」


思わず、聞き返してしまった。俺は怪訝な表情をしていたのだろうか、シュウは取り消すように、なんでもない、と言って眉を下げて笑った。


まるで、シュウがいなくなる、と言ってるようだった。シュウは昔から冗談が冗談に聞こえない。昔から、といったって、


……あれ。出逢ったのは、いつだっただろうか。


どれくらい、たったのだろうか。俺にチームメイトはいても、友達とはいえるものはいなかった。この島はただでさえ人が少ない。友達なんて俺にとって臭い言葉、初めてシュウにあてはめたいと思ったのだ。ああなんだか自分が気持ち悪い、柄じゃない。
なにか、言わないと。なにか。なにだ。


「お前は、俺の大切な……やつ、だ。」


やつ、とぶっきらぼうな表現になったが、これで精一杯だ。シュウを、手放したくなかった。シュウは全力を出しても互角に、楽しくサッカーができて、それで、それで。


「はは、白竜、そんなしんみりしちゃってまさか僕がいなくなるとでも思った?」


途端、シュウは無邪気にお腹を抱えて笑い出した。笑えない、笑えないぞ。今、じゃなくてもいずれは、いずれにしても俺が死ぬ前にきっと。


「あ、もうこんな時間だ。今日は白竜のとこに行くって言ったよね?」
腹時計でもたよりにしたのか。シュウはすくっと立ち上がり、歩き出す。俺も慌てて後についた。なんとなく、一歩後ろの距離をキープする。


「……シュウ、お前は死んでいない」


だって、こんなに暖かいからな。俺がシュウの肩に手を置きそういえば、シュウは、一度立ち止また。そして、ありがとう、と聞き逃してしまいそうなか細い声を聞いた。


シュウはまた、歩き出す。俺はただシュウを見失わないように背中を見つめて歩くことしかできない。
俺の一歩先を歩く背中が酷くうすく見えた。


攫ってしまえなかった、そんなお話/花洩
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