※現パロ高校生
「なぁなぁカシムー?」
げ、面倒なやつが来た。そう思ったら声に出てたらしい、面倒ゆうな泣くぞ!とわめかれた。
「これなーんだ」
「なんだ、って、まあ手紙だろうな」
一瞬だけ目をやると、アリババの人差し指と親指の間でひらひら舞っているのはただの封筒で、解釈に1秒も要さなかった。アリババはなにか意味深な笑みをにたりと浮かべる。
「ンだよ気持ち悪ぃ」
「まあそう言うなって、よく見ろよ!」
「はぁ……?」
手元で携帯の画面がフッと暗くなる。それがまるで諦めろと言われてるようで、携帯を閉じて渋々手紙に注目した。無駄に焦らして、ゆっくりゆっくりと手紙が横に回転する。姿を現したのは、小さい赤いの。よくよく目をこらして見ると、ピンク色にオレンジ色が少しかかっているような洒落た色。正式名称は知る由もないが、そんな春っぽい色をしたハートマークがあった。あれは俗に言うラブレターってやつだ。しかも原形。今更真っ白な封筒にハートのシール貼っつけて渡すやつなんているのかと驚いた。まあ、だからなんだ、って話なんだが。
「……おめぇは何が言いてえんだよ」
「ここ見ろよ!」
間髪入れずに封筒の端を指された。小さく、丸っこい、几帳面な。ザ、女子。そんな字で"カシム君へ"そう書いてあった。するとこれは何だ、俺宛ってことか。まあ、だからなんだ、って話。
「ああ、お前が書いたの?」つまんないからちょっとからかってやると「ばかやろー!んな訳ねえだろ!」と顔を真っ赤にして怒られた。そりゃそうだろうな。お前の字はもっと角張っていて、何気に上手い。はいはいと軽く流して携帯をまた開いた。
「あー、またケータイ」
「悪ぃかよ」
アリババは俺の隣に尻をつくと、うっわ冷てぇ、と情けない声をあげた。すぐにひょいと尻を上げて、しゃがむような体制になる。くくく、と馬鹿にして小さく笑いながら、俺は不服そうな顔してアリババが押し付けてきた手紙を受け取った。
「…今朝、クラスの女子に渡してくれって頼まれたんだよ」
「ふーん?」
「ふ、ふーん、って!もっと喜ぶとか読みたがるとか、なんかねーのかよ!」
「やァ、ねえだろ」
すかさずボールを返したのだが、アリババはボールを落としたのか、返ってくることはなかった。会話のキャッチボールは途切れた。やることもないし、手紙を開けてみることにした。するとまた真っ白な薄っぺらい便箋一枚が出てきた。これはまた原形を極めてる、とまた目を丸くした。少しくらい装飾や柄があってもいいだろうに、真っ白だ。広げてみると、案の定例の字が2ミリ位の間隔をもって羅列している。
「オッケーすんの?」
「……しねーよ、ばーか」
そう言って便箋をろくに目も通さずに元あったようにしまった。ああ、もう最初の一文字も覚えていない。差出人も覚えていない、確か四文字位だったな。
粘着力を失くしたハートはもう封筒を閉じてはくれない。冷たい風にハートがゆらゆらと揺られているだけだった。
アリババは安心したように眉を下げて、白い息を吐いた。
「…ンな不安になるくらいなら、渡してくんなよ…」
「だって、ほんと、スゲーお願いされて」
「あー、お前優しいもんな」俺が吐き捨てるようにそう言ったからかアリババはしゅんとして、不覚にも跳ねた髪の部分がいつもよりやや下がった気がした。
「第一、俺は今、お前と付き合ってんだからよォ」
「そ、そそそうだよな…!」
「何照れてんだよお前は」
あー、すげー平和。平和主義者代表のアリババじゃないけど、ふとそんなこと思った。
「カシム、」
「……んー」
「…あのさ、」
「……ん?好き?」
「っな、っなな、んで、わかっ…」
ふわりと目の前を真っ白いなにかが通った。ちらりと見えたのは春らしいあの色で、すっかり忘れていたラブレターだ。まるで誰かの手によって運ばれているように、遠ざかっていく。勿論比例して吹く風は強い訳で、隣で「ぶわぁ!」と奇声を聞いた。風が冷たい。
冷たい風。アリババを不安にさせたたった一枚の手紙が舞っている。
「ああっ」
風が落ち着き始めると、アリババは慌てて手紙を取りに行った。
「はァ?」
「ちょ、失くしたらどーすんだよっ」
「……おま、まじ意味わかんねえ…!ばかかよ…」
お前はやさしすぎる。ていうか頭おかしい。自分の恋人にラブレター頼まれて不安なくせにへらへら笑って律儀に茶番までして渡してきて、しまいには失くしたらどーすんだよ?その妙なぬるいかたまり、ずっと触れていたら俺はもうすぐで溶けちまう。
「カシム?なんでそんなに溜め息、」
マリアムにあの色はなんだと聞いてみよう。アリババの眩しいくらいの金髪に映えそうだ。きっと似合う。いやいや間違いない。
お前のせいで溶けるのも悪くない。馬鹿げたこと考えて、伸ばした小指の爪先を見つめた。
指先でうずくなにか/花洩