赤司っちはなかなか嫉妬をしてくれない。オレが女の子と居ても何も言ってこないし、まあそんなことで妬かれていてはキリがないのだけれど、それにしたってこちらの人付き合いについてはまるで無頓着な部分がある。毎日のように黒子っちや青峰っちと帰っていても文句を吐かれたことなど一度としてない。寧ろ友人は大事にした方がいい、と諭されては返す言葉もなく、赤司っちを嫉妬させよう作戦は悉く失敗してきた。全く妬いてくれないのが悲しくなって、最終的には自分から一緒に帰ろうと誘う始末だ。
 ところがさすがに、こんな状況にもなれば少しは思うところがあるのだろうか。
「お、おはよっス……」
 早朝の昇降口、下駄箱の扉を開ければ――入っていたラブレターを取り出して溜息をつく。対応の面倒臭さが露骨に態度に出てしまい、誰にも見られてないよなと辺りを見渡したその瞬間。いきなり「おはよう」と声を掛けられ、驚いて振り返れば恋人が平然と立っていた。この人もなかなか気配を消すのが上手いと思う。
 バスケ部の朝練は時間がとても早い為、幸い、廊下の方にも他に人影はない。これは昨日の放課後に入れられた手紙だろうか。ピンク色の封筒に丁寧な字で黄瀬君へと書かれている。いかにもと言った感じのそれは名前を聞いただけでは顔も浮かばない女子からだったが、自分にはよくあることだ。
 もちろん、赤司っちとお付き合いをしているオレに断る以外の選択肢はなかった。ただこの人に何と言えばいいのかわからない上、いちいち報告するのもどうかと思って多くの女子に告白されていることは特に話題に出した経験がない。だからこんな風に他人からのラブレターを手に持ったところで鉢合わせたのは、初めてなのだった。
 動揺を隠せないこちらを余所に、淡々と革靴を脱いで下駄箱に仕舞う赤司っち。どんな反応をされるかなと少し身構えたが。
「人気者だな」
 と、普段と変わらない無表情のままで言われるのみだ。女の子と話すだけでなく告白をされてもこの程度のリアクションしか示されないことに若干凹み、「……嫉妬してくれないんスか?」なんて、勝手に口が動いてしまうのも仕方がないだろう。
 すると赤司っちはオレの方を一瞥し、浅く溜息を零した。
「嫉妬嫉妬って……お前がいろいろな女性から好意を寄せられているのは今に始まったことじゃないだろう。いちいち気にしていたらオレの身が持たないよ」
 呆れたような言い草に思わず眉を寄せる。赤司っちの主張はごもっともとは言え、恋人であるオレに対してなんと可愛げのない言葉だろうか。そう思っていたところであろうことか「そんなことよりも、」と彼は続けるのだ。
「例えばオレと別れなければならないような事態なら、迷わずに言ってくれればいい」
 男同士であるということにどんな引け目を感じているのやら余計な台詞まで口にされ、さすがのオレも頭に来た。そんなことより? 別れなければならない? なんスかそれ。
「もうちょっとオレのこと信じてくれたって……、っ!」
 言い掛けた瞬間、自分の横を通り過ぎようとした赤司っちが思い切りオレの顔の隣に右手を突いた。バンッ、と大きな音が下駄箱の扉から鳴り響き、予想外の轟音に目を見開いて身を強張らせる。
 どうやらお言葉はまだ終わりではないらしい。
「――ただし、」
 不敵に口角を上げてこちらを見据える悪い表情に、不覚にも怯む。

「オレから目移りする覚悟があるならな?」

 ……嫉妬なんて可愛らしいものを期待したオレが馬鹿だったのかもしれない。
 誰よりも力強い視線を以てして宣言された一言はあまりに自信に満ち溢れていて、何も言い返すことができなかった。しかし息を呑んで冷や汗を流しているうちにも赤司っちはあっさりと手を離し、にこ、と柔らかに微笑む。
「じゃ、朝練には遅れるなよ」
「……はーい……」
 何事も無かったかのように悠々と告げられ、目を逸らしながら小さく返事をするほかない。完全に相手の姿が見えなくなってから右手で顔を覆うようにして今日一番の溜息を吐き出した。
(あんな風に言われたらさぁ……)
 かっこいいんだかかわいいんだかわからない。ただ、あの人はこと色事については興味のないように見えて時々盛大にやらかしてくれるのだ。一瞬の出来事ではあるが、その一瞬が稀に見ない強烈さを持っている。
 目移りだの覚悟だの。
「オレはあんた以外何も見えてねえっつーの……」
 そんなことはきっと全部お見通しなんだろうなと、悔しさのあまりごみ箱行きのラブレターをうっかり握り潰しながら思うのだった。


2013.05.28 (05.22 twitter上に公開)
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