大嫌いな人がいる。高圧的で他人には何も話そうとしない性格も、皆を従わせて己の言動全てが正しいだなんて豪語してくる唇も、意思の複雑なその思考だって、彼の小さな仕草から表情一つまで余すところなく憎くて憎くてたまらない。いつかこの感情が届きますようにと常に願っていた。知ってほしかった。君を、こんなにも嫌っている人間がいるということを。だって気付かれなければ、きっと君は困ることなくオレとの距離を考えようともしないんだ。
 近付いてほしくない。
 オレの目の前に現れないでほしい。
 だからこちらとの距離を考えて、君が離れていくことを望んでいる。その為には君が嫌いという想いを隠す必要もなかった。大嫌いだよ。一生、一生かけて憎める自信がある。そう口にしたら君はどんな顔をするだろうか。納得する? 茫然とする? 前者の方があり得そうだ。君はその憎たらしい両眼を以て、人の心の中さえ、何でも見透かしているのだろうから。
 ねえ、赤司っち。嫌いなんだ、本当に。だからオレの想いを早く汲んでよ。何も知らないまま自分の隣に居るなんて許せない。身勝手でもない、わがままでもない、だってこれが本心なんだ。涙も出ないくらいに憎い君へ、オレをこんなにも悩ませている罪は大きいよ。
 どこまでが本当の話と信じるかは、君次第だ。


2013.4.1(月) 09:13


 よく漫画や小説で入学式の日に満開の桜が、などという描写を見かけるが、相変わらずそれって嘘だよなあと考える。毎年のことだ。四月になって未だに桜が咲き誇っているところなんてここ数年、目にした覚えがない。大抵は三月の終わり頃に花見客の様子がテレビに映され、月が替われば桜花爛漫だった日々を人間はあっさりと忘れる。そしてやれ新学期だ年度の変わり目だと、まるで年末のように慌ただしい日常が戻ってくる。
 二年の時に使用した教科書を床に積み上げて放置していたオレは、案の定今朝も母親からいい加減片付けなさいと怒鳴られた。三年になってもどうせ使わないから捨てていいよ、と言ったはずだが、どうやら受験で必要になるかもしれないという心配があるらしい。自室の扉を開けたところに馬鹿でかい段ボールが一つ出されていた。恐らくここに仕舞えということだろう。「えぇ……」面倒臭さのあまり溜息が出る。それこそ押入れに突っ込んだ時点で二度と開けることはないと思うし、何よりクソ真面目に受験して高校を選ぶつもりも正直ない。連立方程式が載った教材なんてもう絶対に要らないという自信があったものの、仕方なく、その段ボールを部屋に入れるだけはしておいた(片付けはしてない)。
 それから親と口論になるのも億劫で、帝光のジャージに着替えてそそくさと家を出る。途中でコンビニに寄り、冷えた麦茶と唐揚げ弁当、加えて個包装されているチョコレートを買い込んだ。本日の昼飯だ。普段は親が弁当を用意してくれるが、今日は午後練のみだと伝えてあるおかげで昼は家で食べるものだと思われているだろう。朝九時十五分、黙って外出したから帰宅した後に再び怒られる可能性は充分にある。
 春休みも半ばの今、ほとんど毎日が早朝から夕方までの一日練習となっていた。が、今日は私立中学故に新入生の入学手続きというものが校内で行われるらしく、どの部活も午前は練習を禁止されている。いくら練習熱心な黒子っちやバスケ馬鹿な青峰っちでも、体育館が解放されていない日に学校には来ていない。裏門を通り第一体育館へ繋がる道を忍び足で進んだが、やはりバスケ部の人間は一人も見当たらなかった。うーん、どうしたものか。一時から部活はあるし、帰りたくはないし、とりあえずバスケゴールが設置されている近場の公園にでも行ってみよう。そう思って踵を返した瞬間だ。
「う……わっ、赤司っち!?」
「黄瀬、どうしたんだ。こんなところで」
 平然と真後ろに人が立っていて、驚きのあまり一歩後ずさってしまった。予想外の事態を前に状況を把握しようと思考が必死に回転する。
「な、なんで……えっ、あれ、部活って午後からっスよね?」
 もしや自分が予定表を見間違えていたのではと不安に思い、こちらを見上げている赤司っちに焦って確認をとった。体育館に居なかったのはみんな外周に行ってるから? でもランニング中の部員なんて見なかったよな? 胸中で捲し立てて身構え、「ああ、そうだよ。今日は一時に体育館集合だ」その一言にほっと胸を撫で下ろした。
「よかったー……。ていうかなんで赤司っちもう来てるんスか? まだ十時前っスよ」
「お前こそ」
「オレは、えーと……バスケで気紛らわそうと思って……」
「悩み事か? オレが聞いてもいい話なら相談に乗るが」
「あっ、いや、全然大した問題じゃないんで」
 親との喧嘩で、なんてまさか言えるわけがない。しかも自分の部屋を片付けていないからという理由だ。慌てて首を横に振って取り繕うと、相手の心を察するのが上手い赤司っちはそれ以上何も聞いてこなかった。代わりにこう口を開く。
「すまないが午前の体育館の開放許可は得ていないんだ。暇なら、一緒に買出しに行ってくれないかな」


 ◆


 帝光中から少し離れたところにスポーツ用品店があった。バスケに必要なものはほとんどそこで揃えられる便利なショップであり、部活帰りや試合の前に自分もよく通う。
「テーピングや救急箱の中身がちょうど切らしていてね」
 用品店へ向かいながらそう説明する赤司っちの右隣に並び、その為に早く来ていたのか、と納得した。恐らく残量を確認するべく部室にでも寄っていたのだろう。鍵の管理に関しては主将にほぼ一任されている。
 自分と三十センチほどの距離を空けて歩いている彼に気付かれないよう、瞳だけを動かしてちらりと見やった。すると頭一つ分くらい身長が違うせいで、赤いつむじや伏せられた睫毛が視界に入る。このアングルが好きだった。相手に知られないように盗み見るのはなかなかスリルもあって、自分の胸のうちに蠢く感情がいかに背徳的かを自覚できるからだ。常に前だけを向いているこの人はオレが懐っこくしているその実、蓋を開ければどろどろとした気持ちを抱えていることなど知らなくていい。
「そういえば今日、エイプリルフールっスね!」
 会話が途絶えるとどうにもいけないことばかり考えてしまう。それもこれも全ては赤司っちと二人きりだという状況が原因だが、恨めしく思う反面素直に嬉しくもあり、だからこそ一緒に買出しへ行こうという誘いに対しても二つ返事で了承してしまったのだった。
 けれどエイプリルフールなんて興味を持たなそうだ。口にしてから少し後悔していると、意外や意外、「黄瀬は誰かに嘘をついたのか?」と返される。
「んー、まだ何もついてないっスねえ。ていうか外出てから最初に会ったの赤司っちだし」
「ああ、そうか……オレも今日はまだお前にしか会ってないな」
「嘘嫌いそうっスよね、赤司っち」
「好きではないよ。……でもまあ、今日は嘘をつこうかな」
 その発言こそオレを驚かせた。いくらそういう風習とは言え、苦手なものやくだらないと思っていることをするような人じゃない。が、本人がそう言っているのだ。あまり勘繰るのも良くないだろう。
「じゃあオレも嘘つかないとね。大嫌いっス、赤司っちのこと」
 なるべく重く捉えられないよう、笑って、冗談だと言うように、明るくおどけてみせた。嘘をついた相手が赤司っちなのかはたまた自分の本心に対してなのか一瞬わからなくなったが、僅かに目を見開いた後、眉を下げて笑んだ彼の表情は相変わらず綺麗だと思った。
「ありがとう。返事、考えておくよ」
 と、告げられた言葉にオレは「わかったっス」と笑い返す。ああこれが赤司っちの嘘か。なけなしの勇気を振り絞って曖昧に告白した卑怯な自分に対し、返事なんて返されない。四月一日エイプリルフール、彼が初めて口にした嘘は『返事はしないよ』ということを表していた。わかったと相槌を打ったオレの一言さえ嘘だと気付いたのはその二秒後、自分から言っておいてこんなに心臓が痛んでいるのだから、何もわかってねえだろ、と内心で自嘲するほかなかった。
「あ、ちなみに嘘ついていいのって午前中までらしいっスよ」
「へえ、そうなのか。覚えておこう」
 友人以上、部員以上、仲間以上の関係をこの人と築くことは到底無理だ。少なくともどちらかが女に生まれ変わる必要がある気がする。オレ自身は全く気にしていないが(そもそも気にしていたらこんなことにはなっていない)、きっと赤司っちは男のオレにそういう目で見られているとはちっとも思っていないだろう。男友達だからこそ、さっきみたいな大嫌いだなんて嘘がつけたのだ。これが明日には何も言えなくなってるんだから笑えるよな。


 ◆


 赤司っちの嘘はその後もたびたび聞くことになった。てっきりあの一回だけだろうと思っていたのだが、なんということか本人はけろりとした顔でさくさくと嘘を並べる。いつも生真面目に生きているからだろうか。二つ目の嘘は「ここのスポーツ用品店、来月から駅前に移転するらしいぞ」と。初耳だ。思わず信じかけたが、特にそんな張り紙もないし情報通な桃っちも言っていた覚えがないからすぐに嘘だと気付く。三つ目の嘘は救急箱の中身を購入時、「オレもバスケを始めたばかりの頃に顔面でボールをキャッチした時があったよ」とのこと。いやいやありえるか。あの赤司っちだぞ。何でも簡単にこなしてしまう我らが主将だぞ。そりゃあ初心者時代は誰にだってあるけれど、まさかこの人に限ってそれは考えられない。随分と下手な嘘だ、と自己完結する。
 用品店を後にして学校に戻る途中、月バスを購入したいということで本屋に寄った。そして四つ目、「実は漫画も読むんだ」。いや見たことありませんけどキャプテン。いつも小難しい小説やら参考書やら読んでるじゃないっスか!
 五つ目の嘘のターゲットはオレが載った雑誌だった。気恥ずかしくて早々に去りたかったが、その雑誌を見つけるなり「黄瀬はモデルの仕事をしている時は雰囲気が変わるんだな」と一言。嘘……だよな? 先ほどから口を開けば嘘しか言わない彼の言動を疑っていると、「かっこいいね」と続けられる。あー嘘だな。そう確信を持ってしまうのは悲しいかな、バスケ部の人にモデルの仕事を褒められたことがないからだった。
 スマホの時刻が十一時四十五分を示したところで感じたことはただ一つ、エイプリルフールは想像以上に疲れる。いや、本来は軽く嘘をついて笑い合って終わり、という行事のはずだが、この人の場合全てが本気のように見えてしまう。恐らく真顔で呟くからだろう。もしかしてオレが深く考え過ぎているだけで実は全部本当の話だとか? その線ももちろん考えた。が、六つ目の嘘は決定的だった。
「好きだよ、黄瀬」
 本屋を出て人通りの少ない小道を歩きながら赤司っちの唇は確かにそう紡いだ。今までなんだかんだ相槌を打っていたオレもさすがにその言葉には息を詰まらせ、じゃり、と靴がアスファルトを擦る音のみが耳に届く。どちらも喋らない沈黙が続き、足が止まることもなかった。ゆっくり、ゆっくりと学校へ向かう。赤司っちの意図は読めないし顔を見る勇気もなかったが、なんでそんなわかりやすい嘘をつくんだ、とは思わざるを得ない。いくらエイプリルフールだからって言っていい嘘と悪い嘘が、とも少しだけ思ったのに、それでも、嘘でもこの人の口から好きだと言われたことに自分の心拍はあからさまに速まっていた。
(ほんと重症だな、オレ……)
 多分、赤司っちは『好きの反対は嫌い』ではなく『好きの反対は無関心』というタイプの人間だ。興味を寄せられていない、その現実がまざまざと突き刺さり、喉が渇き始めた時だった。
 ポケットに入れていた自分のスマホが鳴り響く。不意打ちのことに大きく肩が跳ね、慌ててそれを取り出すと同時に自然と歩みが止まった。そしてこちらの様子を見た赤司っちも一歩先で立ち止って振り返り、どうしようかと思ったものの静寂が居た堪れずに「ごめん」と断りを入れて急いでメールをチェックする。が、メールの内容を把握するなり思い切り眉を顰めることとなった。
「この女まだオレに未練あんのかよ……」
 無意識に零れてしまった己の発言に、はっとなる。赤司っちの前で言ってはならない台詞だった。以前付き合っていた女との関係なんてこの人が知る必要はない。
「あ、い、今のは……」
 なぜこういう時に限って上手く嘘がつけないのだろうかと自分に腹が立った。ただでさえ張り詰めていた沈黙が更に気まずくなったが、それを物ともしない口振りで彼はこう尋ねる。
「……黄瀬は、今も誰かと付き合っているのか?」
「え……いや、今は誰とも……」
 というかあんたへの想いを自覚してから他の恋愛が全くできなくなったんだよ、と焦燥が重なり内心自棄になったのがいけなかったのだろう。相手が赤司っちであることも構わず、「オレが付き合ってた女なんてそっちの相性が良かっただけっスよ」と口が勝手に動いてしまっていた。馬鹿はオレだ。いくらそういった話に疎そうな赤司っちとは言え、この言葉の意味がわからないわけないだろう。まるで自滅だなと、頭の片隅でぼんやりと考えが辿り着いたところで今日初めてオレから視線を逸らした赤司っちが、ぽつりと零す。
「お前となら、それだけの関係でもいいかもしれないな」
 春風に掻き消されてしまいそうなくらい小さな声だった。けれど確かに聞き取れてしまった自分は目を見開いたまま数秒理解が追い付かず、この人はいきなり何を言い出すんだと思考が固まる。話の流れからして『それだけの関係』が何に繋がるのかは明白だ。オレが適当にあしらってきた女達と同じことを望むようなその言葉は――七つ目の嘘は、あまりにもタチが悪かった。
 しかし彼は依然としてこちらを見ようともせず、あろう事かそのままオレに背中を向けて歩き出そうとする。その刹那、沸々とわき出ていた苛立ちがついに爆発し、抑制などとうに忘れて赤司っちの左腕を思い切り掴んでいた。
「ふざけんなよ……!」
 最後に視界に入った見たくもない受信メールの右上に示された時刻は、恐らく十一時五十九分だっただろう。腕を掴んで無理やり振り向かせた方とは反対の手でスマホを握り締める。
「オレが、オレが毎日どれだけ必死に……」
 あんたへの感情を、抑えてきたか。
――声に出てしまいそうな本心が寸でのところで喉の奥に留まった。口にしてしまったら嘘になるとでも本能が感じたのだろうか。正真正銘の馬鹿だ。こんなところで今までの努力を無駄にするわけにはいかないというのに、最後の六十秒、さっさと言って嘘にしちまえ。今まで保ってきた距離を崩さない為に、これからもこの人の傍で友人として笑っていられるように、早く、早く。
 自分自身をそう追い詰めてギリ、と奥歯を噛み、しかしもうどうしようもなく俯いた瞬間だ。デジタル調で記された五と九の数字が、零零に変わった。


2013.4.1(月) 12:00


 大好きな人がいる。強がりで他人には弱みを見せようとしない性格も、皆が目指す先である為に己の自信を確立させようと紡ぐ唇も、意志の籠ったその瞳だって、彼の小さな仕草から表情一つまで余すところなく愛しくて愛しくてたまらない。いつかこの感情が届きませんようにと常に願っていた。知ってほしくなかった。君を、こんなにも想っている人間がいるということを。だって気付かれてしまえば、きっと君は困ってオレとの距離を考えてしまうんだ。
 傍にいてほしい。
 オレの見える範囲から居なくならないでほしい。
 だからこちらとの距離を考えて、君が離れていくことを恐れている。その為には君が好きという想いを隠し続けるしかなかった。大好きだよ。一生、一生かけて愛せる自信がある。そう口にしたら君はどんな顔をするだろうか。喜ぶ? 悲しむ? 後者の方があり得そうだ。君はその澄んだ両眼を以てしても、人の心の中に関しては、理解できないことがあるのだろうから。
 ねえ、赤司っち。好きなんだ、本当に。だからオレの想いに気付かないで。何も知らないまま自分の隣に居てくれませんか。身勝手でごめん、わがままでごめん、でもこれが本心なんだ。泣きそうなくらいに愛している君へ――。


「好きだよ、黄瀬」
 恐らく最初は幻聴だと思った。六つ目の嘘でどれだけ舞い上がっていたのかよくわかる証拠だなんて考え始めたところで、漸くそれが今、もう一度繰り返された言葉だったのだと理解する。
 空間が切り取られたように他の音も景色も頭に入らず、ただ赤司っちの一言のみが脳裏を巡った。
「……は……? 今、……」
 今、何を言ったんだ。一度目に告げられた時も大概言葉を失ったが、再度耳にしてもやっぱり自分には上手く咀嚼できないものだった。だって赤司っちが好きだなんて伝えている、オレに向かって。信じられるわけがないだろう。まだエイプリルフールだと勘違いしている可能性ももちろんあったが、「正午になったな」とこちらの思考を見透かしたように付け足されてその線は消えてしまった。尚更理解ができない。
 時計の針が十二を差してから既に一分が経過している。オレは茫然としたまま赤司っちの腕から手を離すことも忘れ、顔色一つ変わらない彼の前に立ち尽くした。
「返事、考えておくって言ったじゃないか」
 しかし赤司っちもオレの手を払うことはせず、さも当然のようにそう言ってくる。返事? 何の話だ、とすっかり頭から抜け落ちていた出来事は次の瞬間すぐに思い出された。同時に混乱した脳内はそろそろオーバーヒートを迎えそうであることを実感し、つい数分前まで自分を蝕んでいた焦燥感や憤りなども矛先を失って消え去る。
 返事って、だってあれは、嘘だろ。オレが大嫌いだと嘘をついて、赤司っちは返事を考えるという嘘をついたんだ。それがオレ達のエイプリルフールの始まりだった。が、どういうわけか違うらしい。だんだんと考えるのも面倒になってくる。
「あ……赤司っち、今日、いくつ嘘ついた?」
 ついに脳が思考を放棄した結果、目の前に本人が居るのだから直接聞いてしまえばいいという安直な結論を出した。つまるところ答え合わせだ。どうか満点であってくれ、そう思ったものの、自分はスポーツと容姿以外のテストで満点なんて取った経験がないことを忘れていた。
「一つだけだよ」
 淡々と口にされた回答に目を丸くする。
「……え? ひ、一つって……いや、七つくらい言ってたでしょ」
「七つ? そんなに嘘はついていない」
「……嘘だ」
「本当だよ」
 そんな馬鹿な。じゃあどれが嘘でどれが本当だったんだ。正答さえ見つけられないオレと目線を絡ませ、はあ、と溜息をついて赤司っちはこう言った。こんなにわけがわからないエイプリルフールも滅多にない。

「オレは、『今日は嘘をつこう』という嘘をついたんだ」

 はい?
「……嘘をつこうっていう、嘘?」
「ああ」
「……オレ馬鹿になったかもしんない。ちょっと意味が理解できないんスけど」
「馬鹿なのは今に始まったことじゃないから安心しろ。……だからつまり、今日は絶対に嘘をつかないということなんだから……その一言以外は全て本当の話だよ」
 二度瞬きをした後、やっとのことで赤司っちの意図を少しずつ頭の中で噛み砕き始める。が、理解と納得は別物だ。全てが本当の話ということは、一つ一つ振り返る必要があるだろう。オレはもしかしたらものすごい勘違いをしていたのかもしれない。
「……あのスポーツ用品店が駅前に移転ってマジだったんスか?」
「は? ああ、そうだが……あそこの店長と監督が知り合いらしくて、特別に聞いたそうだよ。一週間後くらいに公表されるらしい」
「赤司っちも顔面でパス受け取ったことがあるっていうのは」
「別に掘り返す必要ないだろそれ……恥ずかしい過去なんだから聞き流してほしかった」
「何の漫画が好き?」
「ドラゴンボール」
「まさかの即答……」
「え?」
「……いえ、こっちの話っス。あと、オレが載ってる雑誌さ、えーと……その、か、かっこいいって思う?」
「思わなければ口にはしないよ」
 これも即答されてしまった。なんだか執拗に疑っていた自分がアホみたいで、いっきに力が抜ける。そして確認しなければならないことは残り二つ。さすがに口にするのを躊躇ったが、でも、今はっきりさせなきゃ駄目だと思った。
 赤司っちから手を離し、スマホはポケットに仕舞い、まっすぐ向き合って、聞いた。
「オレのことが好きって、本当?」
 溢れるくらいの想いを受け入れてもらえる日を心の奥底ではずっと夢見ていたのだろう。「ああ。本当だよ」オレから目を逸らさずにしっかりと紡がれた返事に、心臓がわかりやすく跳ねる。
(……くそ、やっぱり、)
 好きで好きで仕方がない。緩んだ顔を見られたくなくて、そのまま膝を抱えるようにずるずるとしゃがみ込んだ。
「き、黄瀬?」
「あーもーほんと……なんでこんなわかりづらいやり方したんスか。馬鹿」
「なっ……馬鹿とは何だ。大体、お前がわかりづらい告白をしてきたからだろう。その仕返しだよ」
「……あれ告白って受け止められたのか……」
 この人が指しているのは恐らくオレの『大嫌い』という嘘の発言だろう。こんな結果なら最初からもっと真面目に想いを伝えていたのに、なんて今更な後悔をした。加えて徐々に実らないと思っていた本気の恋が結ばれたことを全身で理解し始め、不覚にも涙腺が緩まる。あ、やばいこれは泣く。だっせえ。うわー泣きたくない、赤司っちの前で泣きたくない、と煩わしい内心を無視して、こちらの心情を紛らわすように顔を上げて笑みを浮かべた。
「あ、あとオレと付き合うなら『それだけの関係』とか許さないから、覚悟しといてね」
 その一言に驚いた赤司っちはどんなことを考えたのやら、「そ、それは冗談で」と焦って言い訳がましいことを口にする。冗談? 今になってそんなの信じる奴がどこにいるんスか。泣きそうなくらいに愛している君へ、「オレをこんなにも悩ませた罪は大きいっスよ」必死に嬉し涙を堪えながら笑った四月一日、午後十二時八分、最高のエイプリルフールだ。


2013.04.02 (04.01 pixiv上に公開)
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