2.5

 帰り道は大概一人だ。自ら望んでそうしているのではなく、必要以上に人と関わってはならない、その掟がオレの意志も行動も制限する原因となる。けれど今更そんな現実に疑問など持たなければ、抵抗する気も全く起きなかった。ただ彼らに怪しまれないようにという一言だけを念頭に置き、程よく距離を取り、ごくたまに一緒にコンビニへ寄ったりする。いかに人間らしく過ごせるか――それは『オレ達』に課せられた一生の使命であり、しかし人間に感化されたら『オレ達』が存在する意味は直ちに消え失せる。

 赤司と書かれた表札を横目に古い木製の門をくぐると、敷地面積が隣町の三分の一はあると言われているほどの大きな我が家が凛と建つ。厚い塀のおかげで外の賑やかさが嘘のように静まり返った中庭を通り抜けた。その時点で数人の雇い人に頭を下げて挨拶をされたが、自分も簡単に言葉を返すだけで、それ以上の会話はない。「征十郎様」そう呼ぶ人間のほとんどは『オレ達』の違いがわからないのだろう。
 指紋認証と虹彩認証、そして声紋認証によって堅く守られた玄関を過ぎ、真っ先に居間へ足を運んだ。すると案の定、目当ての人物が縁側に座って裏庭を眺めていた。使用人が周囲に一人もいないのは恐らく彼が追い払ったからだ。
「ただいま」
 オレが声を掛ければ、彼はゆっくりと振り返って告げる。

「――おかえり、『九番目』」

 自分と寸分違わぬ顔、体、声、髪、仕草、全部同じ、全部一緒。『赤司征十郎』を構成するうちの一人がオレの鏡のように笑みを浮かべる。違和感はない。唯一異なった瞳の色は縁側から覗く月光にも劣らない輝きを放ち、家では着用が定められている深い紅色の着物とよく似合っている。
「どうしたんだ、そんな怖い顔をして。何かあったのか?」
 その声を無視して畳の上に帝光の鞄を置き、ネクタイを少し緩めて部屋を見渡した。そして隅に並ぶダークブラウンの棚まで歩みを進めながら静かに口を開く。
「……青峰が、オレの目の色を疑ってる」
 そう答えると『五番目』はあからさまに口元を歪めた。
「……へえ、意外と記憶力がいいんだな。あの日からもう一年は経ってるというのに」
「笑い事じゃないだろう。気付かれたらどうするつもりだ?」
「そこを上手くかわすのがお前の仕事じゃないか。普段表に出られないオレに言われてもな。……恨むならあの日、実験に耐えられなくて気絶した自分を恨めよ」
 急に声のトーンを落として咎めるように吐かれた言葉にオレは眉を顰めたが、何も言い返すことができない。代わりに下唇を噛み締めて目線を棚へと戻した。
“青峰大輝の件は仕方がなかった。”
 心の中で自分がそう反芻するのと、彼が同じ台詞を口にしたのはほぼ同時だっただろう。
「それが『赤司征十郎』の総意であること、忘れたわけじゃないだろうな?」
「……ああ、ちゃんと覚えてるよ。すまない。この話はもうやめにしよう」
 オレは棚の引き出しを片っ端から開けて中身を漁り、ある物をひたすらに探し続けた。どこの家でも見るものだろうけれど、なるべく小さい方がいい。大きいと後片付けが大変になる。
 電気を点ければもっと見つけやすかったのかもしれないが、それは月明かりを好く『五番目』が嫌っているからできなかった。半ば暗闇と化した室内に、がたん、がたん、と引き出しを開閉する音が響く。この家で、否、この居間で何かがしたければ日の明るいうちに帰ってこなければならないが、今は部活以上に優先できるものがないのも事実だった。
「……そういえば、『一番目』から連絡はあったのか?」
 手は休めずに口だけ動かして尋ねると彼は首を横に振る。
「ないよ。アメリカでよっぽど酷い目に遭っているんだろう」
 という簡潔な返答を聞き、相変わらず本部は手荒な真似をするんだな、と他人事のように思った。
「ところでさっきから何を探してるんだ? 見て見ぬふりをしようと思ったけどあまりに部屋が散らかりそうだから」
「心配しなくてもあとで片付けるさ。……あ、あった」
 数十の引き出しを調べたところで漸く探し物を見つけたオレは、それを手に取り、微塵も躊躇うことなく壁に向かって思い切り投げ付けた。
――かしゃん、と古ぼけた手鏡が容易く割れる。まさか一回で壊れるとは思っていなかったが、案外楽に目的を果たせて心底すっきりしたような気分になった。床に飛び散った破片を視界に捉えた『五番目』は少し不快そうな顔をしたが、すぐにいつも通りの表情に戻る。何がしたい、そう言いたいのだろう。だからオレは言ってやった。

「『赤司征十郎』に幸せは要らない――それも、『オレ達』の総意だからな」

 たったの七年間じゃあ、少し足りないくらいだ。


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2013.02.21
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