答えをはぐらかされるだろうとは最初から思っていた。その点に確固とした理由があったわけではないが、彼は案外イエスノーをはっきり言ってくれるタイプではない。いくつかの回答を用意して、それを相手に選ばせるのが彼のやり方だ。もちろんバスケにおけるの話ではなく、他愛無い会話全てにおいて。
「……こういう時くらい、ちゃんと答えてくれると思ってたんですけど」
 溜息混じりにそう告げると赤司君はわざとらしく目を丸くした。「ちゃんと答えただろう」と、自分は何ら間違ったことをしていないとでも言いたげだ。
 きっと僕が言わんとするところはわかっているのだろうし、項垂れる様子を見て内心笑っているのかもしれない。そう考えた矢先、ほら、くすくすと笑みを浮かべている。自分と一歩踏み込んだ関係になったからそんな崩した笑顔を見せてくれているのだと思えば多少納得もできるけれど。
 ここ最近、彼はそういう一面が増えた。意地が悪いとでも言えばいいだろうか。明らかにこちらの反応を見て愉しんでいる。
「赤司君」
「はは、悪い悪い。黒子の反応が面白くて」
「僕は真面目に言ってるんです」
「俺も真面目に言ってるよ」
 真面目に、真面目に、僕らが冗談を好まないことはお互い知り切っている。
 それでも言葉に詰まってしまったのは不可抗力だった。どれだけ強気にいってみてもすぐに返され丸め込まれてしまう。自分としてはきっとそれが癪なのだろうが、どうにもこうにも攻略法が見出せないのも事実だ。
「さっきの答えじゃ不満か?」
 僕が押し黙っていると、口角を上げて目を細め、そう問われた。いい加減この体勢を解くべきかと思ったが、赤司君の言葉に明確な拒否が見えない。
「……いえ。でも、自惚れますよ」
 仕返しにこちらも返答を濁そうとしたはずが馬鹿正直に本音が漏れていた。彼につまらない嘘をついたところで成功はしないだろうし僕自身そういった戯れは苦手だ。が、それにしたってあまりに直球すぎる。余裕がないのだと知らしめているみたいで、少しだけ後悔した。
 体育館の隅、壁際に腰を下ろして試合のデータを見ていた赤司君を押し倒したのはつい数分前のことだった。押し倒した、というか、ただ肩を押して床に横たわらせただけであり、何かの演劇のようにそこまでうまくはできていないように思う。何せ初めてだった。こんな行為に及ぼうとしているのは。
 欲が剥き出しになっている自分を恥ずかしく思わなかったと言えば嘘になる。彼にそんな素振りが全く見えない以上できれば僕も隠し通しておきたかったが、人間我慢の限界というのは必ずしも存在するだろう。
――俺がこっちなのか。
 赤司君の少し汗ばんだ体を挟むようにして両手を突き、聞こえた第一声はそれだった。恐らく、素で言われたものだと思う。
――欲情してるのは僕の方なんで、多分、こっちの方がいいんじゃないかと。
――俺が欲情してないなんて言ってないが。
――でもしてないでしょう。
――……今はしてないな。
 当然だ。周囲に誰も居ないとは言え、練習中にそんな邪な考えを巡らす人じゃない。
 だからこそ押し倒した時点で拒まれなかったことに驚きを隠せずにいた。本当に駄目なら厳しい口調で戒める。僕に組み敷かれるこの状況を大人しく享受している赤司君を見て、この時既に自分はのぼせていたのだろう。
 続き、してもいいですか。躊躇いながらもそう口にしてしまった自分の声は随分と切羽詰まっていた。そして赤司君は返答をはぐらかしたのだ。「好きにしていい」と。勘弁してください。熱に浮かされた頭の中でそう訴えたものの、彼に答えを変える様子は見られなかった。つまりそれが赤司君の応えということだ。
 仕方がないので、今こうして君は僕に応えてくれるだろうと思い切り自惚れていることを、素直に告げるしかなかった。
 彼は数秒の間だけ笑みを見せることもなく目を逸らすこともなく固まったように見えた。その頭の中で何か考え事がなされているのかはわからない。ただこういう沈黙はかなり居た堪れないものだ。あの、と焦れて僕の方から静寂を破ると、赤司君はいいよと小さく笑った。その微笑みに釘付けになる。
「……いいよ。自惚れても」
 ああまさか、望んだ通り返事が来るとは思わなかった。


四百四病の外/2012.11.04
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