「……ミストレ…?」
 うっすらと目を開けると、まず目に入ったのはミストレの顔だった。向こうはこっちに気付いていない。頭がぼんやりとして状況がよく呑み込めなかったが、少し経ってから俺がいつからか寝ていたことに気付く。
「あ、起きた」
 不意に、ミストレが顔を覗き込むようにしてそう呟いた。近い。なんでこんな近いんだ、と思って頭を働かせ、俺は今自分がありえない状況にいることを理解する。反射的に勢いよく体を起こすと、額に乗せられていたらしい濡れタオルがぱさりと落ちた。
「びっくりした…急に起きないでよ」
「え、だって、おま…」
 何、どういうこと。辺りを見渡しても俺達以外の人影は見当たらない。そしてここは校外にあるベンチの上だ。でもミストレは座っていて、俺は何故かこいつの膝の上で寝ていた。意味がわからない。
「さっきまでのこと覚えてる?」
「…いや……」
「訓練の途中でいきなり倒れたんだよ、君」
 平然と告げられた一言にかなり驚いた。呆気にとられていると、ミストレは溜息をついて言う。外傷はないから、多分過労じゃないかって教官が言ってたよ、と。
「健康管理くらいちゃんとしたら?」
 呆れたように言われて、その通りだと思った。倒れるなんてそんな無様なことをこいつの前でしてしまったんて。でもそれ以上に、じゃあなんでお前がここに居るんだよ、という疑問が思い浮かんだ。意外どころの話じゃない。ミストレの行動が理解の範疇を超えている。
 考えても答えは出なかったから率直に聞いてみると、ミストレはきょとんとした表情でさも当然のように言った。
「え?だってこの方が寝やすくない?」
「…………」
 こいつの主張はたまに本気でわからない。ナルシスト理論もかなり理解し難いけど、正直言ってこのあたかも常識のように零す言葉の方が厄介だ。この方が寝やすいって、膝枕の方がってことか?いやありえないだろ。起きたら真っ先にミストレの顔とか驚くにも程がある。
 なんて言い返せばいいのかわからずに戸惑っていると、ミストレはオレが小さい頃はこれで安心してたけどなぁと独り言を呟いた。あーなるほどな、お前の両親のせいか。それならまぁ納得できる。溺愛されすぎも面倒だな、とこいつを見て最近思い始めたばかりだ。
「どっか痛い?」
「いや、平気」
 実際倒れるほど疲れているつもりはなかった。極度の睡眠不足とかじゃないし、ストレスとかが溜まってるわけでもない。それなのに、ベンチから立ち上がろうとした時、足元がふらついた。
「…本調子じゃないんだろ」
「悪い…」
 立ちくらみをした結果ミストレの方に倒れ込むようになってしまい、自分でも若干後悔した。
「やっぱまだ寝てた方がいいって。ほら」
 いや、「ほら」って。なんでそこで膝枕になる。これはこいつの意外な一面が見れたってことでポジティブに捉えた方が良いんだろうか。相当変だと思うけど。
 結局、うだうだ悩んでいるうちに手を引っ張られて元の位置に戻ってしまった。でも一度起きているのにそんな簡単に寝られるわけもなく、更にこの状態という相乗効果で俺の眠気はすっかり消え失せていた。乾き始めたタオルを顔面に被せて、せめて顔を見ないようにする。なんていうか、いろいろと意識しちゃって安眠なんて程遠い話だ。俺は行き場のない思いに苛まれながら、ミストレに聞こえないように一言ぽつりと零した。
「……しんぞうにわるい…」








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