「チョコがほしい」
「何言ってんだよ、朝もらってただろ?」
「そうじゃなくてー…土門のがほしい」
 ちょっと不機嫌な顔で何を言い出すのかと思えば、それは俺の理解の範疇を超えたものだった。一之瀬のこういう唐突な発言にはいつも耳を疑う。
「…え?」
 言葉の意味は分かるけど、深く考えたくなかったから一応聞き返した。すると今度はしっかりと目を合わせて「だから、」と言ってくる。いやもう一回言ってほしいわけじゃなくてだな。
「バレンタインデーということで、君の作ったチョコがほしいんだけど」
 俺が制止をするよりも先に言われてしまった。でも詳しく説明されたところで内容は変わらない。
「……お前バレンタインの意味わかってる?」
「恋人同士のイベント」
「その前に女子のイベントだよな?」
 宥めるように苦笑を浮かべながら言っても、一之瀬はじっと俺の方を見るだけでとても機嫌を直したようには見えなかった。別に怒ってるわけじゃないんだろう。ただ貰いたいっていう思いが強いだけだ、多分。俺から言わせてもらえば、完璧に言う相手を間違えているけれど。
 まぁこいつの言い分を聞くなら、本来俺達はこのイベントに参加するべきなんだ。恋人同士だから。それは分かっているけれど、俺は時々思うことがある。一之瀬は俺を恋人としてちゃんと扱ってくれる分、どうも男として捉えてくれないところがある。俺はこういうイベントは女子がやれば良いと思っているから、おかげでこうやって食い違うことは何度かあった。そうするとこいつの機嫌は悪くなるってわけだ。
「つーかそういうことを当日に言うなよな」
 頭を掻きながらぽつりと言えば、一之瀬はちょっと目を丸くして黙ってしまった。あれ、俺なんか変なこと言ったか?
「一之瀬?」
「…それって前日に言ってたら作ってくれてたってこと?」
 あ。やばい。誤解を招く言い方をしてしまった。意味も無く呟いた一言だけど、こんなこと言ったら絶対に。
「じゃあ明日がバレンタインってことでいいよ」
 って言うと思ったよ…。
「…だから俺に作ってこいと」
「そういう意味で言ったんでしょ?」
 違う。いや別に全く違うってわけでもないんだけど、こいつは何もかも自分の良いように解釈しすぎだ。しかも見ろよこの活き活きとした笑顔。さっきまでの不機嫌さはどこへ行ったんだ。
 クラスの女子はこの微笑みがかわいいとか何とか言ってた気がするけど、どこが良いんだか俺にはさっぱり分からない。あーもうほんと、裏に何かありそうな感じが見え見えじゃないか。





 結局、昨日は学校から帰ってきて一之瀬お達しのチョコを作ることにした。俺偉い。まぁたまたま母さんが材料を買い溜めしていたからそれを使っただけなんだけど。
というわけで、来たる本日2月15日。
 俺も一之瀬もいつも通り登校して、授業を受けて、給食を食べて、気付けば放課後になっていた。でも作ったチョコは依然として俺の鞄の中に押し込まれている。さっさと渡してしまえば良かったのに、想定外のことが一つ起こったおかげでそれができなかった。
 それは、あいつが自分から頂戴とは言ってこないということだった。俺が持っていると知っているくせに。証拠に、今日も何度か他愛無い会話をしたのにそれらしいことは一言も言っていない。そういう素振りも全く。恐らく俺から話を切り出して直接渡さなきゃ意味がないんだろう。なんて面倒な。とは思いつつも、俺だってこんなところでうだうだしてるわけにはいかないから、さくっと渡して終わりにしてしまおうと心に決める。
 帰宅の準備を終えて席を立つと、一之瀬はもう廊下へ出るところだった。いつもより行動が早いのは俺が追ってくるのを知ってのことだろう。顔には出さないけどいちいち行動が確信めいててむかつく。
「一之瀬!」
 少し先を歩く一之瀬の背中に声をかける。他のクラスはまだホームルームが終わっていないらしく、廊下に出ている人は俺達以外居なかった。一之瀬が振り返って「どうしたの?」と聞き返す。素知らぬ顔だ。
「しらばっくれてんじゃねーよ。欲しいなら欲しいって言えっつの」
 半分呆れつつそう言うと、えー、と不満が返ってきた。
「だって俺のことを気にする土門かわいかったからさ」
 こいつの可愛いの基準は絶対におかしい。時々俺に言ってくるけど、全然意味が分からない。
 まぁそのことは置いといて、今はとりあえずチョコを渡すのが先決だ。俺が鞄から一つの箱を取り出して「はい」と差し出すと、一之瀬は礼を言いながら受け取った。
 ちなみに味はあまり保障できない。見た目もこれでいいのか不安だ。でもそれは仕方ないだろう。大体、母さんに内緒で作る方が大変だったんだから。そんなわけでいろいろ言いたいことはあるけれど、まあ一之瀬が普通に嬉しそうな顔をしているからいいとしよう。
「あと、一日遅れてごめん」
 これも言っておいた方がいいか、と思って視線を逸らし言うと、一之瀬は少し呆気に取られたような顔をした。それから口角を上げて俺の左手を取り、甲に音を立てて口付けされる。不意打ちのことで手を引っ込めることもできなかった。
「顔真っ赤」
 手を握ったままくすりと笑って言われ、余計に羞恥を煽られる。だから俺は咄嗟に手を離して一之瀬の頭を叩いてやった。結構強めに。痛、と声を上げて一之瀬は頭をさすっている。
「叩くことないじゃないか」
「うるさい」
 もうこの場に居たくないという思いから足早に廊下を進むと、後ろから一之瀬も追ってきて隣に並んだ。顔が熱いのは気のせいだ。気のせい。
「ねえ、今から土門の家行きたい」
「嫌だ」
「何もしないって」
 そう言ってお前が何もしなかった試しは一度も無い。ていうかなんで『何かする』前提なんだ。
「じゃあ俺の家でもいいけど」
「…何かしたらチョコ没収な」
「え」
 ほら見ろ。


"Oh dear...though I may compromise"
まぁ妥協してやってもいいけど





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