家族じゃなく、友達でもなく、異性の為に作るのは初めてだった。でもそれをいつ渡せばいいのかわからず、私の横に置いてあるバッグの中でかれこれ三時間は眠っている。今日の午前の練習が始まる前に渡そうと思っていたけど、いざ本人が現れると緊張でそれどころじゃなくなってしまったのだ。鼓動がいつになくうるさくて、勇気が出ない。どうしようどうしようと、さっきからその言葉だけが頭を駆け巡っている。
 今日はいつも通り午後も練習があって、努力家な彼は夕方、寧ろ夜遅くまで特訓に励んでいる。それを邪魔するわけにはいかない。上手くタイミングを掴めるだろうか。でもお昼時は二人きりになんてなれないだろうし、このまま渡せないなんてことも、最悪の場合はあるだろう。
(渡せないのはやだなぁ…)
 ゴール前で必死にボールを止めている彼をちらりと見ながら溜息をつく。普段一緒に居るだけでもどきどきするのに、手作りのプレゼントを渡すなんて、私からすればかなりの試練だ。無意識のうちにもう一度溜息をついていた。
「どうしたの?」
「わっ!」
 いきなり後ろから声をかけられ、びっくりして声を上げてしまった。声の主は木野先輩だった。洗い終わったタオルやジャージを入れたかごを持って、冬花さんと二人で並んでいる。
「さっきから溜息ばっかりしてるけど…」
 かごをベンチに置きながら木野先輩は心配そうに尋ねる。先輩の言うことは否定できないけど、その事情を話すわけにはいかなかった。私が立向居くんとお付き合いをしていることは多分二人とも気付いている。でもそれでチョコレートが渡せないんですなんて言えない。
 木野先輩の問いかけに言い淀んでいると、冬花さんが「あ!」と何か閃いたように笑顔を作った。
「もしかして、バレンタイ」
「わあああっ、ち、違います違います!」
 ン、と言い終える前に焦って否定する。でも逆にその仕草で確信したらしい。二人の先輩は、にっこりと笑みを浮かべながら私の両脇に座って詰め寄った。
「渡すの?」
 声を揃えて質問される。実に楽しそうな表情だ。身を縮めて躊躇ったけれど、結局私は先輩の視線に負けて頷いてしまった。



「なんだ、作ってあるなら話は早いじゃない」
 一通り事の次第を話すと、木野先輩は爽やかな笑顔でそう言う。私は項垂れて答えた。
「わ、渡せないんですよ…」
「緊張して?」
 今度は冬花さんが何の躊躇も無くずばりと聞いてくる。私は言葉に詰まった。いやその通りなんだけど、なんだかちょっと後ろめたくて顔を上げられなかったのだ。すると先輩は顔を見合わせて話を進めていった。
「うーん…私、音無さんみたいな経験ないからなぁ…。冬花さんは?」
「私も全然。こういう時にリカさんが居てくれるといいんだけど…」
 塔子さんとリカさんは買い出しに出ていた。リカさんに相談したいという気持ちはわかるけど、したらしたで話がややこしくなりそうだから、正直なところ居なくてよかったと思っている。
「部屋に置いておくとかじゃなくて、直接渡したいんだよね?」
 そう確認され、この質問だけははっきりと頷くことができた。目を見て、ちゃんと渡したい。
「朝渡そうと思ったんですけど、タイミングが掴めなくて…」
 言っているうちに、今の気持ちを表すかのように声量がしぼんでいく。フィールド上では威勢の良い声があちこちから聞こえてくるのに、だめだなぁ、と自分を情けなく思った。立向居くんはああ見えて自分で決めたことは積極的に行動を起こすから、私もそんな風になろうと頑張っていたのに。
「…あ、じゃあ、眼鏡をかけてみるっていうのはどうかな?」
 不意に言われた冬花さんの提案に、私は首を傾げた。頭上の眼鏡を取って聞き返す。
「眼鏡って…これのことですか?」
「うん。いつもかけてないから、たまにかけてみると視界が違ったりして、渡しやすくなるかもしれないよ」
 人差し指を立てて説明される。確かにこれをかけるといつもとはちょっと違った感じに見えるけれど、それだけで緊張がほぐれるとはあまり思えなかった。でもいい加減心を決めないと、本当に渡すタイミングを失ってしまう。
「…がんばってみます」
 自分に言い聞かせるように少し強めに言うと、二人は笑って頷く。そして「がんばれ」と言いながら、二つの手が私の背中を励ますようにぽん、と叩いた。





 午後の練習も終わり、選手達が続々とフィールドを去っていく。でもやっぱり立向居くんはキャプテンに断ってから宿舎には戻らず、一人特訓を始めていた。木野先輩と冬花さんは夕飯の支度をする為に彼らよりも早く戻っていて、去り際にアイコンタクトをされてしまった。多分、しっかりね、という意味だろう。
 私はフィールドの入り口、アスファルトの階段を上った先に立ち、サッカーコートの周りで走り込みをしている彼を見ていた。左手には、薄いピンク色の包装紙で包み、金色のリボンを巻いた箱。私の心拍数は速まるばかりだけど、向こうはこっちに気付いていない。
 暫くそのまま時間が過ぎていき、ちょうど太陽が建物の陰に隠れたところで立向居くんは停止した。ユニフォームの襟元を引っ張って汗を拭っている。その様子を横目に私は頭上にかけてあった眼鏡を取って両目にかけ直し、よし、と意気込んだ。
 深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせる。こうでもしないと今にも心臓が破裂してしまいそうな、そんな錯覚に陥ってしまう。それから一度唾を飲み込んで、私は階段を下りた。
「あれ、音無さん?」
 き、気付くのが早いよ!不意打ちのことに、手に持っていたチョコレートを咄嗟に後ろに隠してしまった。本当はこっちから声をかけて、こっちのタイミングで渡したかったんだけど、そんなに上手くはいかないということか。
「あ、夕食できたから呼びに来たの?ごめん、今すぐ戻るから…」
「あの、立向居くん!」
「え、あ、はいっ」
 緊張のあまり口調が強くなってしまい、怒られるのかと思ったらしい彼は強張った表情をする。さっき落ち着かせた鼓動は既に最速になっていた。眼鏡をかけたら視界の雰囲気が変わるとか、そんなこともう気にしていられない。
「えっと、あのね…」
 これあげるって言えばいいだけなのに、その一言がなかなか言い出せずしどろもどろになる。顔がどんどん熱くなっていき、合わせていた目線も恥ずかしくて逸らしてしまった。けれど後ろに隠している箱がとん、と背中に当たり、そこで私は木野先輩と冬花さんが「がんばれ」と言ってくれたことを思い出す。
 そうだ。がんばらなきゃ。
「あ、あのね!」
「うん?」
 大丈夫、大丈夫。がんばれ、私。
「あの………これ、もらってくれる?」
 最後の方は声が小さくなりながらも、両手でチョコレートを差し出した。本当はちゃんと目を見て渡したかったけど反応が怖くてそれはできなかった。俯いてるし、手も少し震えるし、恥ずかしい。
「…お、俺にくれるの?」
 少し間が空いてから、そう返される。恐る恐る顔を上げると、同じように顔を赤くした彼が、口を半開きにしていた。また少し沈黙が流れた後、私はその様子に何故かほっとして、へらりと笑いながら「そうだよ」と言った。
「見た目はちょっとあれかもしれないけど、でも、味はたぶん平気だと思うから…」
「ありがとう」
 私が申し訳無さそうに話すのを遮って礼を言われ、ちょっと驚いてしまった。見ると本当に嬉しそうな顔をしている。そして伝染したかのように私も嬉しくて、はい、と今度は落ち着いた声で渡すと、立向居くんはもう一度ありがとうと言ってそれを受け取った。
(ちゃんと渡せて、よかったぁ…)
 木野先輩と冬花さんにはお礼も含めてあとで報告に行こう、と思った。二人がいなかったら渡せなかったかもしれない。そんなことを考えていると、不意に「音無さん、」と名を呼ばれる。なんだろうと思って続きを待っていたところで、立向居くんの手が急に近付き、眼鏡を触ったと思いきや次の瞬間にはそれを外されていた。
「こっちの方がかわいいよ」
「っ!」
 優しく笑いかけながら零した言葉に、私は恥ずかしくてたまらなくなった。でも彼からすればごく自然な仕草なんだろう。無意識ってこわい、と思う。
 顔を見られたくなかったのと仕返しの意味も込めて、思いきって彼に抱きついた。すると突然のことに驚いた立向居くんは、今度こそ焦りの表情を浮かべる。「え、お、音無さん!?」なんて言って、さっきと立場が逆転してることに気付いたけど、それを無視して頬を擦り寄せる。ユニフォーム越しに、彼の速まった鼓動を感じた。


"Smile together as ever"
これからもずっと一緒に笑おうね





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