宝物[文]2 | ナノ
二万打記念ss
うつむき月/智生様にリクエストして書いていただきました!



□ひとりにしないでね
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「きれいなお月さまですね〜」

夕闇に包まれた長州藩邸の庭先に浮かびあがるオレンジ色の満月。ついさっき沈んだ太陽の熱を受けて、妖しく静かに輝いている。

「十五夜の満月はほんとに月が大きく見えますよね!」

「ああ、本当だ…デカい月だな!未来ではやはり月見をするんだろう?」

「はい!秋の十五夜のお月さまは特別なんです!」

へえ、と今日の満月の色みたいな髪をした晋作さんが、縁側に胡坐をかいてぼんやりと月を眺めている。こんなにのんびりできるのも久しぶり…。晋作さんも束の間だけれどゆっくりできて良かった…!

「おい小五郎!団子まだか!団子持ってこい!」

「わ〜…!お月見団子ですかっ?」

「ぷっ…たく、ほんとにお前は、月より団子というかなんというか」

「ち、違いますよ!お団子もつくっちゃうなんて桂さんすごいな!と思っただけです!」

「ふっ…団子のひとつもつくれないと俺の嫁にはなれんぞ翔子!小五郎に習え!なっ!」

「晋作さんの嫁にはなりませんから大丈夫です!」

「なんだまだそんな事言ってんのか!なかなか強情だなお前……おい!小五郎遅いぞ、何してる!」

「まあまあ、お月見は始まったばっかりなんだから、晋作さん」

そう云って見上げた月はさらに大きくなったようで、その美しさにはつい見惚れてしまう。

「待たせたね、晋作、翔子さん」

ことり、とお団子をのせた三方を置いて、桂さんが現れる。月に夢中でその気配だけを感じながら、ふわりと揺れた白いものが視界の端に写ったのが気になってなんとなく振り返る…

「桂さ・・・」
「まあ、小五郎もここに座・・・」

晋作さんとほぼ同時に、現れた桂さんを見上げて、見慣れない光景にしばし絶句。思わず二人の声が揃ってしまって…

「どうしたんだ!?その耳!」「桂さん、何ですかソレ…!」

「「ウサギの耳!!!」」



ひとりにしないでね



「どうしたもこうしたもないよ。鏡をみたら兎の耳が生えていたんだ」

白くて華奢な、ふわふわした長い兎の耳を頼りなげに揺らしながら、桂さんは何とも言えない複雑な表情でいる。暗い。表情がいつもより断然!(せっかく耳がついてるのに!)

「…晋作。……笑い過ぎだよ」

「だっ…てそれ!それ何なんだ小五郎っ!」

さっきから笑いが止まらない晋作さんは散々縁側をのたうちまわった挙句、涙目で桂さんの髪の間からのびている耳を触って遊んでいる。

「わ、悪ぃ。…ぷっ…っくくく。!わかったそれ、新しい…」

「変装ではないよ晋作。言っておくけれど」

時々ぴくり、と動く耳を生やして平静を装っている桂さんのさめざめとした表情に、自分でもだいぶ困惑しているのがわかる。…それがまた、なんていうか可愛いと思うんだけど。

「傷んだものでも食してしまったか…いやそんなハズは…。蛇に噛まれたわけでもないし…ブツブツ…」

「なんかこう、引っ張ったら抜けないのか?」

「抜けないよ。やってみたんだ。ひっぱると痛い……っ痛!だからっ」

「本当だ。じゃあ!お前の耳がもしや」

「いや耳はちゃんとある」

ほら、といつものように裾を揃えてさっと正座をする桂さんが、自分の頭に生えた見慣れぬ白い耳を触って説明する。

「お団子、食べるかい?翔子さん」

原因不明の異常事態。先程部屋に戻って鏡に映った自分の姿をみてそこで初めて気がついたらしい。もううさみみ話はうんざりと見えて、桂さんはいつもの調子でにこりと微笑んでお団子を進めてくれる。こちらを向く度にゆらゆら揺れる耳で優しく告げる桂さんが(言えないけど)可笑しい様な、可哀想な気持ちになる。

「目も赤いですよね…まるでうさぎさんみたい」

「ああ、すっかり兎のようだね私は…。このまま、もしかすると本物の兎になってゆくのか…」

更に耳を下にさげて、落ち込んだ様子で桂さんが溜息ひとつ。

「いいじゃねえか兎男としている生き方も」

にやにやしながら晋作さんが早足で逃げてゆく。顔を真っ赤にして怒る桂さんは全てが真っ赤っかで、十五夜の満月が連れて来た本物の兎…だったりして。

「可愛いです桂さん…」

「え?」

「きっと、今夜が十五夜だからじゃないでしょうか…?今夜だけ魔法にかけられたみたいな」

「魔法…だといいのだけれど」

晋作さんのいなくなった縁側で桂さんがそっと目を伏せる。それからずいと近づいて、私の肩に触れてしまう程真横に、桂さんが座り直す。そして信じられない台詞が一言。

「翔子さん」

潤んだ瞳で、首を傾げて、そっと下から覗きこむような眼差しで

「今…すごく寂しい…」

え、えええーーー!

ウサギって…たしか、たしか寂しいと死んでしまう生き物だとか聞いた事があるけど。

まさか桂さんが!?

「桂さ…」

「しばらく、こうさせて?」

ふわっとただようこの香りは桂さんのものだとわかったときにはもう、桂さんがふわりと私の膝に額をのせて横たわる。桂さんに捕まえられた左手を、そっとその肩に載せられて。

「撫でていて…」

ぴょこり、と動くその耳に首筋を撫でられてどきっとする。

「どうしてだろう…翔子さんとこうしているのが一番落ち着く気がする」

「わ、ちょ…桂さんてば!」

「あー!!てめぇちょっと目を離した隙に!」

俺の嫁から離れろ!と無理矢理膝の上から引き剥がそうとする晋作さんを、うさ耳桂さんは恨めしそうに弱弱しく睨む。

「晋作はこのまま私が兎男になっても構わないと?」

「は?」

「明日の朝には兎男になってしまうのなら」

「お、おい、小五郎…」

「せめて翔子さんの腕の中で死にたい…」

「…小五郎、意味わかんねーよ」

桂さん弱ってる…

「おい翔子離れろ!ぶっかけるぞこいつに」

「ええっ!?」

晋作さんが手に持っていたのは手桶。助走をつけてこちらに投げつけるのは…

「桂さんっ、水―!!逃げてっ…!」



バシャーーーン



晋作さんから思いっきり水をかけられた桂さんは、耳の先っぽからぽたり、ぽたりと滴を垂らしながら、そのまま襟を掴まれ奥座敷まで晋作さんに引きずられてゆく。

「ちったあ目ぇ覚ませ小五郎」

きゅうぅぅー、と小さくなったまま、桂さんの姿が見えなくなる。



***********

濡れた着物を着換えさせられ、同じく濡れてしまった髪を乾かしている間に、どうした事か桂さんのうさ耳は消え失せてしまったらしい。

・・・なんでも、桂さんはとある人から譲り受けた古い着物に袖を通したところから記憶がないらしい。兎男の怨霊か、はたまた十五夜の使者が桂さんに乗り移ったのかははっきりしないけれど、その後はすっかり元通りの桂さんになって事件は解決した。

「あんな弱弱しい小五郎は御免だな」

「いや全くその記憶がないのでね。晋作、心配かけたね」

「心配?してねえ!勝手にやってろ!」

どかどかと足音を響かせながら、月見団子を鷲掴みして奥の間へと去ってゆく。

「…とか何とか言って、すごく心配したんだと思いますよ?晋作さん」

「翔子さんは優しい子だね」

いつもの笑顔で私の髪を撫でてくれる桂さんが横にいてくれる。

「でも私は…寂しがり屋な桂さんも好きでしたけど。残・念」

兎みたいに、たまには甘えられるのも可愛いなって思うけど。

「こんな風に?」

ぼふっと首筋に顔をうずめられて、体勢を崩して縁側にまた倒れ込む。見上げれば天高く、満月。

「わっ…」

寂しくて死んでしまうなんてもう云わないでね。

いつでもこうして抱きしめるから…



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