ぼくのきもち | ナノ
「ご無沙汰ッス!どうしたんですか、こんな時間に?」
『今店閉めたところだ!』
「お疲れ様ッス。俺もちょうど帰ったとこッスよ。」
『お前こそお疲れさん。あ!お前いつ帰国するんだ!?』
「なにを急に…」
『5月にな、BARの開店一周年記念のパーティーをするんだよ、お前来い!』
「はぁ!?そんな急に言われても。」
『もちろんあいつもだからな!』
「え、姉さんもッスか?」
『当たり前だろ、お前ら夫婦だろうが!』
「はぁ。」
『そういや、そっちで式は挙げたのか?』
「い、いえ。まだッス。」
『そんなこったろうと思ったぜ!』
「ほんとに、自分が情けないッスよ。大見得切って、姉さんをこんな所に連れてきといて…」
『なぁ、中岡。また俺に一肌脱がせてくれないか?』
「そんな、先輩に悪いッスよ。俺、結局先輩に挨拶も無しにこっち来ちゃったし、ほんと申し訳ないっす。」
『だぁあ!俺が好きでやることだかんな!勘違いすんなー。てか、お前はそろそろ人に頼ることを覚えろ!』
「難しいことを言うッスね…。」
『嫁が泣くぞ。』
「まじシャレになんないッス、それ。」
『あー、んじゃ招待状送るから、仕事終わりに悪かったな。じゃ。』
ツー…ツー…
相変わらずだな。
先輩に言われた言葉が、ずっしりと重くのしかかる。
憧れの海外勤務、姉さんとの結婚、欲しいものが一気に手に入って浮き足立っていたのか。ほぼ一年が経とうというのに、心の慌ただしさはなくなる気配がない。
俺の選択は間違ってなかったか。
姉さんはほんとに幸せなんだろうか。
ぐるぐると頭を流れる良くない感情にめまいを覚えた。
「慎ちゃん、帰ってたんだ。仕事の電話?」
「あ、ただいまッス!ちょっと、本社から…」
「そうなの。お疲れ様でした。ごはんは?」
「済ませてきたッス。」
「そう。先にお布団入ってるねー」
シャワーを浴びながら、高杉先輩の言葉が頭をぐるぐる回る。
毎日、俺の知らないところで、姉さんは何をしてるんだろうか。
慣れない生活様式に、きっと四苦八苦しながら、身の回りのことをしてくれてるんだろうな。
そんな素振りは一切見せないけど。
そのへん、俺と姉さんはちょっと似てる気がする。
なかなか休みも取れないもんだから、観光がてら出かけたのもわずかしかない…
毎日姉さんの美味いご飯を食って、同じ布団で寝て…俺は凄く満たされてるッスよ?
姉さんは、同じ気持ちッスか?
姉さんは、幸せッスか?
ベッドの半分のスペースを空けてこちらに背を向けてる姉さん。
もうねちゃったッスかね?
ベッドが軋まないように静かに膝を乗せると同時に、細くて白い腕が、首に巻きついて、布団に引きずりこまれる。
ぎゅっと、抱きしめられて嬉しいんスけど、変な体勢のままなんスよね…
「起こしちゃったッスか?」
「待ってたんだよーんもぅ、慎ちゃんてば、そんな気遣わなくていいのにー」
「ご、ごめんッス」
姉さんの腕がほどけて、ちゃんと布団に入り直す。
「おやすみなさい。」
「おやすみッス。」
姉さんの額に口づけて、今度は俺が姉さんをぎゅーと抱きしめる。
姉さん、絶対離さないッスよ!