*前夜譚*
普段注文の時以外話しかけてこないやつが、珍しく話したと思ったら…
「ねぇ、あの子、よくくるの?」
「ん!どいつだ!!」
「し、声大きいよ。」
そう言って、そいつの目線の先を辿っていくと…
あぁ、あいつか。
カウンターに腰掛ける会社帰りと思しき若い女が、ひとりで飲んでいる。
と聞けば、独り身の寂しいやつが、自棄酒を貪ってると考える奴も多いだろう。
あいつは、ひとりのくせに表情豊かで、一口飲むごとに驚いたり、一口食べるごとに美味しいと呟いたりする、ヘンテコな奴だ。
面白くて、結構気に入ってる。
「週末はだいたい来るな。」
「ふぅん。」
そう興味なさげに言いながら、グラスに口をつけるも、視線はバッチリあいつの方向。
ふぅん、なるほど。
「んなに、気になるなら、こっちに呼んでやろうか?」
「ばっ、何言ってるんだ!」
「お前の方がデカい声出してんぞ、ほれ。」
あいつがびっくりしてこっち見てんぞ。
「すみません…」
カウンターの端と端で会釈しあう二人。
冷静な奴だと思ってたが、意外といじりがいのある奴みたいだ。
「彼女に何か作ってやってくれないか?」
「ほう?」
思わず口角が上がってしまう…そんな俺の態度に気づいてか、
「さ、さっき静かに飲んでるところを邪魔してしまったからな。」
と、下手くそな言い訳をする。面白い。
「はいよ。何にする?」
「…まかせる。」
この時はまだ、奴の芽生え立ての恋を応援してやろうと思っていた。
俺様は、お客みんなの幸せを願ってるからな!
「あちらのお客様からです。」
驚いたあいつの顔は、不覚にもとても可愛かった。
またまた2人で会釈しまくって…一緒に飲めばいいのに。
アプリコットフィズ
(振り向いて下さい)