書き終えたばかりの紙を細く畳み、ぼうっと窓辺を眺めているアルヴィン。
その瞳は遥か彼方を映しているようで、立ち入れない世界に僅かばかりの虚無感が生まれた。
ふと垣間見る物憂げな表情に勘繰ってしまうのも無理はないと思いませんか。



「はあ。」






平穏な日々。
手を動かしながら流しに目を向ければ、黙々と食器を洗う姿があった。
ペンを走らせる音と流しっぱなしの水道水とが、一見緩やかなメロディーを奏でている。
繊細な掛け合いを他人事とはとても思えない。

一区切りついたのか、きゅっと甲高い音を残して水音が止んだ。
手を拭いながら向かいに腰掛け、流れのまま頬杖をつこうとしたのかもしれないが、小さな木製のダイニングテーブルには何通もの手紙がそこかしこに広げられておりスペースがない。
行き場をなくした右手が垂れた横髪をなんとなしに耳へ掛ける。
その仕種にくらくらした。
毎日この調子で、信じられないくらいの生温さに包まれた生活。
溺れる幸せ。

同時に、良い思いをしてるのは自分だけだという考えも顔をだす。
有り得ない程の平穏は、やはり有り得ないものだ。
だからいつか壊れちまうんじゃないか。
もしくはスタートから間違っていたのかもしれないと思えてならない。
最近はずっとそうだ。
大きな勘違いに今まで付き合わせていたのなら申し訳なさで埋められたくなる。
彼女の何も言わないところが気楽な反面、心底恐ろしかった。
指の隙間からこぼれ落ちる水のように、気付いた時には何も残っていない、そんな未来が漂っている気がした。



「なあ、無理に一緒に居てくれなくて良いんだぜ」



向き合う勇気が俺にはなくて、既に書き終えた手紙に視線を走らせた。
文字の羅列は見えているようで理解などしていない。
全神経は彼女の一挙一動に集中させていて、その賜物か、纏う空気が揺らぎ明らかに動揺していることが分かる。



「…アルヴィン、は、ずっとそう思ってたの?」



震える声での問いに諾う。
何を勘違いしたのか知らないが、その返答は随分と俺の予想を超えるものだった。



「なら、どこへでも行けば良いじゃない」

「はあ?」

「同情なんか嬉しくない。私に遠慮しなくていいから、好きなところへ行きなさいってば」



言葉と共にぐいぐい背中を押される。
が、そんな弱っちい力じゃあ悪いが全く効果はない。
けれど、精神的なダメージはいくらかあった。
振り向いて漸く正面から捉えた顔が、涙を我慢しているのかとんでもないしかめっ面で、尚且つこっちを見るなと言わんばかりに勢い良く下を向いてしまったからだ。
垣間見えた潤んだ瞳に、我慢仕切れていないと言ってやりたい。


「あー、そうかよ」


自分でも驚くほど抑揚のない声。
堪えきれなかったのだろう、遂に一滴頬を伝う。
目元は濃い影が覆っていた。
その姿を俺は一生忘れない。

それから一度外に出て、扉ががちゃりと完全に閉まったのを確認してから思い切り逆再生してやった。



「好きなところへ行けと言われたので好きな人のところへ来ました。どうか一緒に住んでやってくれませんか」



その時の間抜け面も一生忘れないと思う。
ぽかんと開いた口に突っ込んでやりたい思いもさることながら、ちらりと覗く舌苔にぞくぞくした。
さあ、早く頷けよ。





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