やわらかい雰囲気を纏った背中に、どうしても欲求が抑えられず飛びつく。
むぎゅっと効果音がしそうなほどの勢いで抱き着けば、苦笑したアミィの顔が横にあった。
諦めたように「…重いわ」と吐き出された言葉は、溜め息とともに流れてしまったことにする。
存分にその抱き心地を堪能していれば、今の今まで一緒に歩いていたユリウスが、何を思ったのかとんでもないことを言い出した。
いつものことでもあるそれ、しかし、今回ばかりはちょっと勘弁願いたい方向へと話が飛躍する。



「ねえ、君って女の子が好きなの?」


ほんの一瞬、ぴしりと時が止まった。
言葉をお借りするならば、意味が分からない!
私の彼氏はあなたよねと確認すれば直ぐさま頷かれた。


「それは俺の台詞っていうか、むしろ俺達付き合ってるんだよね?
だって俺よりアミィといることのほうが多いじゃないか。」


真顔でにじり寄られれば、いやに迫力がある。


「…ユリウスとベタベタするのって、なんか、恥ずかしい」


つい本音を漏らせば信じられない!と悲壮な声が上がる。


「どうして恥ずかしいの、意味が分からない。それって俺のこと嫌いって意味?もう隣に立たれるのも嫌なの?」


しゅんっとうなだれる姿に、あるはずのない耳と尻尾が見えた。
長い睫毛に縁取られた目は伏せられていて、ぴょこんとはねた寝癖、掛け違えたボタンにも関わらず絵になるのだから美形はずるい。


「そうじゃなくて、照れ臭いの」


僅かにトーンを上げながら弁解すれば、小首を傾げられ、藍青色の髪がゆれた。
それから何かに気がついたのか、丸めていた背筋をぴんっと伸ばしつかつか詰め寄られる。
ひとつ確認しておくと、ここは廊下で、往来も少なくなくて。
嫌な予感から足を引くより前に素早く両手を握られ、その途端、体中を電流が駆け抜けたように粟立つ。
ああもう、本当に恥ずかしい!
これだけで赤くなってしまう自分は何なのだろう。
温かい手に包まれた冷たい指先がピリピリと痛んだ。



「どうして?」



君と触れ合えるだけで俺は嬉しいよ、と本日何度目かの爆弾を投下されたが、無駄にきらきら瞬く瞳に陰りは一切見られない。
どこかに羞恥心を放り投げてきたとしか思えない好奇心の塊が、比喩表現ではなくまさに目と鼻の先にいる。

そのくせ、近付くだけ近付いて何事もなかったように離れていくのはお決まりのパターン。
この先を知らないのか、一応大切にされているのか。
どちらにせよ迫っているという自覚がないのはユリウスを見れば明白で、期待するのはもう随分前にやめた。

それでも脈打つ鼓動の常為らざるは尋常じゃなくて、つまり、ドキドキできゅんきゅんで窒息しそう。



「私も嬉しいよ、でも、」


続く言葉は永久に言えなくなった。
遮るようにきつく抱きしめられて、何を言いたかったのか一気に吹き飛んでしまったのも一因である。
それよりも、腕に閉じ込められる直前に見てしまった日だまりのような笑みに考えることを放棄した、と言った方が正解だった。
ユリウスが納得したならもういいか。
ゆっくり腕を回せば尚更力がこめられて、「じゃあ慣れていこう」と楽しげに囁く声にぼんやり明日からの生活が見えた気がした。


ちなみに昼休みの混雑した廊下では、ある意味でもなくどう考えても異質な二人だった。





見ない聞かない触らない

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