ちょっとだけ、泣きそうになった。
大して勉強が好きという訳でもないのに、そんな私なのに、毎日の如く図書館に通いつめている理由はただ一つ。
真ん前のテーブルの、私からみて右斜め前の向かい合う定位置に着席してからというもの、素晴らしい集中力で調べ物に没頭する彼に会うためだ。
ぴょこんと跳ねた寝癖が愛らしい。
密かにくすりと微笑んでいたのは、そんなに遠くない過去の話。
けれどそれは、つい三ヶ月ほど前にやってきた彼女のお蔭か、殆ど目にする事がなくなった。
嫉妬なんて大層なものじゃないけれど、やはりどこか淋しい。
ユリウスと言葉を交わしたのは、たまたまペアになった授業の一回こっきりで、しかも必要最低限のみの訳だから、相手が私を覚えているかどうかさえ怪しいところ。
あの魔法大好きっ子が、これといって秀でた才能などない私に少しの興味を持つこと事態、奇跡、と言っても過言ではない。
だから私は最初から無理だと分かっている訳で、彼を見かける度、いつだって始まる前にも関わらず終了のお知らせがアナウンスされる。
だから見ているだけで満足、そう自分に言い聞かせていたのに、ルルちゃんのお蔭で気付いてしまった。
私の恋は、もう随分と前からスタートしていたんだ、って。
彼女は特別な女の子だから仕方ないのかもしれないけれど、いつもいつもユリウスを見かける時はルルちゃんも一緒で、それが悲しくて、嫉妬なんて大層なものじゃないけれど直視なんて出来なくて。
こんな気持ちになるなら、もっと前に話し掛けていれば良かった。
実際、幾度となくチャレンジしようとしたけれど、出かかった言葉は喉でストップ、触れようとした手は行き場もなく彷徨うばかり。
どうにも最後の一歩が踏み出せなかった私は只の臆病者だ。
そんな事ばかりに囚われていたまま、魔法を使用してしまったためだろうか。
今日の授業では淡く光る青い炎を出す筈だったのに、どこをどう間違えたのか、七色に発光する花火の様なものが教室中に飛び出した。
さほど難易度の高い魔法でもないと先生が言っていたというのに、これは、明らかに属性からして異なっている。
今までこんな失敗はした事なかったのに。
クラスを巻き込んだ大惨事に心底申し訳なく思い、されるであろう長いお説教と成績への影響を考えると泣きたくなった。
とにかく逃げてしまえ、本能の告げる最も無責任で最低な選択肢を実行しようとしたところ、物凄く強い引きで肩を掴まれた。
勿論そのままくるりと半回転、先生痛いです、なんて引き攣る笑顔で言おうとしていたのに、現実は鮮やかに私の期待を裏切った。
「ねえ、あれどうやったの?俺の考えでは光と火と闇の融合魔法だと思うんだけど、ひとりであの規模を同時に発動するなんて下準備がなきゃダメだろうし、でも君はそんな素振りもなく唱えていたし意味がわからない!」
まさか同じクラスと言えど、ユリウスが私なんかに興味を向けるなんて思ってもいなかったため、なんとかの叫びじゃないが、開いた口が塞がらない。
心臓だって飛び出すかと思った程。
しかしお構いなしで興奮気味に話す彼は、持論に合わせて私の肩を前に後ろに思いっきり揺り動かす。
原理から律まで教えて欲しい、そんな事言われても私が一番知りたいくらいだ。
「ああもうとにかくすごい、すごいよ呼び名!!」
私の名前、知ってたんだ…。
まさかまさかの展開に、愕然と立ち尽くす。
この上なく嬉しい出来事だというのに、なんとも複雑な心持ちになった。
折角ユリウスが話し掛けてくれているというのに、あまつさえどうやら私に興味を抱いてくれているようだというのに、失敗した魔法のお蔭かと思うとどうにも素直に喜べない。
ちょっとだけ泣きそうになった。
こんな始まり
いかがです?