柔らかく笑うルカを、初めて呼び名!は目の当たりにした。
どこか暗い雰囲気を纏っていた今までが嘘のように、少年らしくあどけない姿。
悪戯っぽく微笑み、顎でさあ行こうとばかりに扉を示す。
その意味を問おうとするが早いか、ルカはすっくと立ち上がり、無意識に伸ばした呼び名!の手は別の誰かに掴まれた。
上等な布地の滑らかな触り心地に、つかの間意識を奪われる。
その一瞬の隙を然突いたのかはしらないが、掴まれたままの腕が垂直方向へと引っ張られた。
背後からの仕業になす術もなく、ルカを追うように呼び名!も立ち上がる羽目となる。
訳も分からず右手に重なる熱の持ち主に視線を投げ掛ければ、説明は後だと言わんばかりに強く手を引かれた。
翡翠の髪がさらりと揺れる。





「勘違いすんな、ルカの野郎にぶち壊してくれって頼まれただけだ」


前を走る銀髪の軽やかな足取りに、人は見かけによらぬものだと密かに感心していた呼び名!は、傍らで吐き捨てられた言葉に現実へと舞い戻される。
決して逃避していた訳では、ない。



「たまたま聞かされたっつーか、見せられた写真がお前だったからびっくりしたぜ」



走りながら喋る割に息一つ乱さない姿に、漠然と男女の差というものを痛感した。
運動することを目的としない、裾の長いドレスにヒールの高い靴という最悪のコンディションも重なった呼び名!は、早々にリタイアしたい衝動に駆られる。
バクバク煩い鼓動は急な全力疾走のせいだと決め付けた。
このままでは、いつか破裂してしまうのではなかろうか。



「なんだ、期待しちゃったのに」


そんな胸中の騒がしさおくびにも出さず、素知らぬふりで悠々と返した呼び名!。
その努力は露と消えた。
初めて振り向いた顔、真正面から捉えたスパーダの頬が、一瞬で上気したためだった。
なにかとてつもなく恥ずかしいことを臆面もなく言ってしまったのではないか。
目にも留まらぬ速さで前を向き直したスパーダに負けず劣らず、呼び名!も耳まで赤くなってしまう。

繋がれたままの腕が痛い。



「…期待してイイから、ちょっと大人しくしてろよ。でなきゃ舌噛むぜ」



言葉の意味を噛み締める間もなく呼び名!の体は宙に浮いた。
ぶっきらぼうに言い放ったスパーダは、掴んだ手首を勢い良く引き、荒々しく呼び名!を抱き抱えたのだ。
のみならず、前を走っていた二人に続いて突き当たりの窓から飛び降りる。
声にならない叫びが口の中で反響し、思わず呼び名!は手近なものへとしがみつく。
それがスパーダの首だった訳だが、うっと呻いただけで着地は見事なものだった。



「一回しか言わねえ」



抱え上げられた時とは反対に、ゆっくり優しい手つきで降ろされる。



「まずルカはダメだ、イリアがいる」


スパーダのジロリと睨むような目つきは、呼び名!を窺う体勢によるものだ。
呼び名!は無意識的に縮こまる。
それをうけ、僅かに屈んだスパーダは、彼女と同じ高さで見つめ直した。
張り詰めた空気の中、大きく上下した喉仏につられ、呼び名!も唾を飲み込んだ。
スパーダの収縮した瞳孔、それからグレーゾーンに、酷く呆けた女が映りこむ。



「てか、ルカにするくらいならっ、ベルフォルマ家に…オレんとこに来いよ!」



繋がれたままの手が一層強く握りしめられる。
はやくはやくと急かす二つの声が随分遠くから聞こえてくるような気がした。





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