帰った先ではなんとも理不尽な話が待っていた。
曰く、呼び名!が逃げ出していたのと時を同じくして、相手方も都合が悪かったらしい。
それとなく明言を避ける形でのやり取りだったらしいが、向こうはそれ程乗り気でないようだというのが両親の見立てだった。
憤慨するどころか憂鬱そうに語られた呼び名!の心境は複雑だ。
今日こそ婚約を回避できたが、明日以降の保証は全くない。
そればかりか、この様子では相当に話を進めたいらしい。
唯一の希望は相手から断って貰うことなのだが、話しぶりから向こうの両親もかなり乗り気だということが分かる。
つまり互いの親同士での決着は既に済んでいるようで、後は当人達を引き合わせるだけのようだった。
政略結婚なんて所詮そんなものだと分かっていても、呼び名!の胸のしこりはその大きさを増すばかり。
置いてきぼりの運命を呪った。





「ほら、やるよ」


突然目の前に差し出された物体とかけられた声に呼び名!の意識は急浮上する。
気晴らしにとこっそり抜け出した先で、再びスパーダと出会ったのである。

彼に誘われるままあちこち見て回っていたのだが、不意にスパーダから待機を命じられ、一軒の店へ入っていくその背中を見送った。
そして、潮風に吹かれながら、いつの間にか思考を昨日へ飛ばしてしまっていた。
それ程長い時間ではないと思われるが、潮気を含んだ呼び名!の髪は少しだけべとついていた。


「ありがとう」


受け取ったホットドッグを頬張る。
ぴりりとマスタードの効いたトッピングは、やや刺激が強い。
反射的にスパーダを見やればどこか遠くを見ている眼差し。
昨日も見たそれ。
海辺へ体を向けているため、呼び名!は自然とスパーダの横顔しか捉えることができない。


「そういえばよォ、昨日帰ったじゃん?」


ずくりと肌が粟立つ。
非常に静かで単調な声色だ。
風にさらわれた新緑の髪がさらさらと流れ、ちらり、耳朶が見え隠れした。
動揺を悟られないよう、呼び名!は努めて平静を装った。


「迎えに来られちゃったからね」

「なら、お家の意向に従うってことかよ」



淡々と台詞を吐き捨てた後、食べ終わったホットドッグの包み紙をくしゃくしゃに丸めたスパーダは、そのまま無造作にポケットへ捩込んだ。
それを見た呼び名!は、自身にも理解できない焦りと戸惑いに襲われる。


「…家出したのは私の覚悟が本気なんだって分かって欲しかっただけ。昨日帰ったのは、それを踏まえた上で話し合えると思ったからよ」



呼び名!は無意識の内にスパーダのカフスを引き、狼狽えた声で必死の弁明をしていた。
結果は彼の言う通り、一方的に両親の意見を押し付けられ、かつ逆らうことなど到底不可能そうな雰囲気であったが、自分の根底にある気持ちを誤解されては堪ったものではない。
呼び名!の意気込みがそのまま噴出したらしく、思った以上に声を張り上げてしまったが、スパーダは嫌な顔をしなかった。
むしろ満面の笑みと呼ぶに相応しい笑顔を浮かべ、その手をとったのである。


「そっか、勘違いして悪ぃな」


再びスパーダに連れ回される呼び名!だったが、繋がれた指先から甘い痺れが駆け抜け身体がふわふわと浮いているような感覚に包まれた。
胸がざわざわと騒ぐ。

この感情がなんなのか、呼び名!には理解できなかった。
というよりも気がつかないようにしていたと言えるだろう。

どうせ明日からは篭の鳥だ。



夕日を背に、「んじゃ、また明日!」という言葉を残してスパーダは去って行く。
朗らかな顔だった。
呼び名!は曖昧な笑みを浮かべ、ゆるゆると首を振った。
漠然とした絶望が徐々に迫っている。





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