楽しげな笑い声が、薄暗い下水道内にこだまする。
似たような境遇とあってか、二人はすんなり仲良くなった。

軽い自己紹介の後にたわいないやり取りが続く。
主に先程の慌てっぷりをスパーダがからかっているのだが、それは呼び名!にとって非常に新鮮な扱いだった。
今まで周りの大人達といえば行儀がなっていないと叱るか過剰に心配するだけ。
同年代の子供といってもパーティーで当たり障りなく談笑する程度。
堪らなく味気ない関係に飽き飽きしていたのだ。

スパーダについて来たのは正解かも

声を荒らげて反論するのに対し、呼び名!の胸中は不思議と満ち足りていて、それを見透かしたように「顔が笑ってんだよ」とからかわれる。
何がある訳でもないというのに可笑しくて可笑しくて、箸が転んでも可笑しい年頃とはこの二人を指すのかもしれない。

そんな中、不意にスパーダが核心を突いた。



「そういえばよォ、なんでおまえ家出なんかしてんの?」



どきりと心臓が跳ねる。
別に隠す程のことでもないが、目の前の少年との間に身分という壁を作りたくなかった。
笑い飛ばしてくれるようなくだらない理由だと思う反面、僅かでも距離を設けられる、例えば眉をひそめるだとかいった反応をされたらと思うだけで呼び名!の胸はずきずきと痛んだ。
同時に、誰かに聞いて欲しい思いが共存していたのも確かで、結局は逡巡した一瞬に生まれた無言の気まずさから口を開いたのだった。


「私ね、婚約させられることになったの。いわゆる政略結婚ってやつ?」


格式や家柄とは無縁に見える。
何よりこんなところへ家出してるから、と自分を棚上げした思考に呼び名!は気がつかない。
殊更冗談っぽい口調にしたのは無意識の防衛線だった。


「うわ、めんどくせーな。そりゃあしょうがねえよ」


うんうん唸りながら頷くスパーダ。
それを見てひそかに、呼び名!はほっと息をついた。


「しかも私に相談もなしなんだよ、有り得なくない?」

「つーかおまえに貰い手いんの?有り得なくない?」

「…失礼ですよスパーダ君。一応長女で後継ぎだから、別の意味で大人気だもん」


互いに目を見合わせ、同時に吹き出す。
「自虐かよ」と可笑しそうに言うスパーダは、笑いながらもどこか淋しげで、それから少しの虚しさを含んでもいるようだった。
それが何故なのか分からない呼び名!は、それに気がつかないふりをした。
冷静に考えれば出会ったばかりで深く突っ込むのもどうかと思えたし、なにより口調は今までの軽口そのもので、触れてくれるなと言外に訴えてかけているような気がしたからである。

取り繕う訳ではないが、呼び名!は直ぐさま言葉を続けた。


「おまけに向こうが婿養子になるってのに、名家だかなんだか知らないけど挨拶に来いっておかしくない?」

「そりゃあ偉くでかい態度じゃねーか」

「きっとプライド高い相当の問題児か、見栄とか体面ばっかの伯父様なんだよ」

「ヒャハハハ!最悪の人選だな」


独特の笑い声を垂れ流す口から相手はどんな奴かと聞かれ、呼び名!は困り果てる。
実のところ一度も会ったことがないばかりか、端から拒絶していたため両親の話も右から左へ流していたのだ。
記憶の糸を辿ってもら思い起こされるのはあの時の紅茶の味だとか両親の笑みだとか関係ない事柄ばかり。
ぼんやりスパーダを眺め、腰に携えた剣に目をやってふと気付く。

そういえば、騎士の家系だとかなんとか言っていたような?


よく見れば仕立ての良い服を着たこの男は、よくよく考えればとても不思議な存在だった。
もしかすれば婚約者になる男と知り合いかもしれない。
そんな想像を、呼び名!は強く瞬き打ち払う。

じっと見つめる視線が気になるのかスパーダが首を傾げた。


「ところでスパーダは…」


どうして家出を、と続ける声は無遠慮に欄干を降りる不快な金属音に掻き消される。
「お嬢様」と呼ぶ声。

十二時の鐘が、鳴った。





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