信じられない。

事の次第を聞いて、まず初めに感じたのはそれだった。
破顔一笑する両親に対し、呼び名!の頬は絶望と憤慨で引き攣る。
もはやどうにもならない事は分かりきっていた。
しかし納得できる訳がない。

冷めた紅茶を口に含み、必要以上に高揚した気分を落ち着かせようと試みたがそれは正解だった。
やや形式ばった返答をした呼び名!を両親は疑いもせず、部屋へ戻るよう促したのである。
吉報に心を奪われていたといえばそれまでだが、ともかく熱に浮かされていた二人は己が娘の従順なふりを見破ることが敵わなかった。
裾を翻し、支度をするためと称して自室へ下がった呼び名!の胸中ははっきりしていた。

こんな家、出ていってやる

大股で歩くその姿からは湯気が沸き立つようだ。
メラメラと意志が燃え盛り、決意は岩のように固い。
そして翌日、丸一日かけて王都へ辿り着いた直後に呼び名!は脱走を図ったのだった。

行く宛てはないけど、ともかく遠くへ逃げなくちゃ。
なおかつ人目につかない経路をと直感的に判断した呼び名!は、素早く辺りを見渡し、足元にあった鉄製の蓋をこじ開けその身を滑りこませた。
細い梯子を下りた先は湿気が酷く仄暗いが、想像していたよりも不快な臭いや気味の悪い生物がいるといった訳でもない。
慣れれば案外快適かも?とつかの間暢気に考え、頭上を慌ただしく過ぎていった足音にはっとする。
再び逃走を開始し、しばらく道なりに進んだ先で事件は起こった。

曲がり角で何かに激突したのである。
「うおっ」と声を発したそれはよく見ずとも人間で、もう追っ手が来たのかと肝が冷えた。
しかし高い身長の割に幼い顔立ちの男に見覚えはなく、相手も相手で訝しげに呼び名!を見ている。
互いになんだこいつはと牽制し合っているようなもので、不思議な沈黙が二人を包んだ。
それを破ったのは不本意ながらも呼び名!の方で、足元を掠めた何か、冷静に考えればネズミの類いに思わず悲鳴を上げ、それから目の前の存在に飛びついてしまった。
いやいやと首を振りながら、縋りつくよりもしがみつくと言った方が正しい。


「ああもう大丈夫だっての。おら、離れろ」

「本当に?本当に大丈夫?」


突然のアクシデントに張り詰めていた糸がぷつりと切れる。
恐る恐る後方を確認する呼び名!は、さながら生まれたばかりの子羊のようだ。
初めは怯えるばかりだった呼び名!も、思わず吹き出した男につられ、いつの間にか笑い合っていた。


「オレはスパーダ。お前は?」

「私は呼び名!。ただいま家出中」

「見かけによらず根性あるじゃねェか」



独特の笑い声で肩を揺らすスパーダは、「実はオレも家出中。」とさもおかしそうに告げる。
正直なところ、知らない土地で初めての家出とあって、心細さも感じていた呼び名!は、この発言にとても励まされた。
途端に出会ったばかりのスパーダが頼もしく見え、萎んでいた反抗心が鮮やかに蘇る。
妙に親近感を覚えた呼び名!は、そのまま身を隠すに適した場所はないかと尋ねた。


「それならこの先に良い場所があるぜ」

「そこにお邪魔させてもらえないかしら?少しの間だけで良いの」


先程までのにこやかな雰囲気は一変、真剣な眼差しで訴える呼び名!の必死さが伝わったのか、スパーダは二つ返事で承諾したのだった。







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